中国共産党はモスクワのコミンテルン(共産主義インターナショナル)に従いながら、日中戦争、国共内戦を生き延びて政権の座についた。新中国建国後のある時期からは、毛沢東はソ連の影響からも脱して「独裁権力」を握るに至った。その裏には「時期が来るまで待つ」毛沢東の「戦略」や「陰謀」が存在するが、日中戦争当時、毛沢東は日本軍に対しても“工作”を仕掛けていた。中国の歴史や文化、社会に精通する社会学者の橋爪大三郎氏と、元朝日新聞北京特派員のジャーナリストでキヤノングローバル戦略研究所上席研究員の峯村健司氏が考察する(共著『あぶない中国共産党』より一部抜粋、再構成)。【第7回。文中一部敬称略】
峯村:陰謀家として毛沢東を見る観点は、日中戦争当時の日本軍と中国共産党の関係にも当てはまります。
橋爪:支那事変(いまの言い方では日中戦争)で大事なポイントのひとつは、遠藤誉氏の『毛沢東』(新潮新書)に詳しいのですが、中国共産党と上海にあった日本軍の特務機関が連携していたことです。
延安と連絡のある中国共産党のエージェントと、上海の特務機関を仕切る日本側の軍人が取引をした。中国共産党から、国民党軍についての情報を教えてもらうのと引き換えに、かなりの額の活動資金を渡していました。日本軍は、共産党に教えてもらった情報をもとに、軍事作戦を展開していた。
中国共産党とこんな取引をするのは、目先の利益になる。戦術的には理解できます。でも、戦略的にはきわめて愚かである。その後の歴史が示すとおりです。日本軍はいずれ敗れる。そのあと、中国を支配するのは国民党なのか、共産党なのかという問題が出てくる。日本がこんな取引を続け、国民党と戦争を続けていると、戦後に共産党が政権を握る可能性がどんどん高まっていく。国民党政権と、共産党政権と、どちらが将来の日本の国益にかない、世界の利益になるか。日本がやっていたことのピンボケぶりは明らかなのです。
中国共産党から見れば、こうです。国民党は、侵略してきた日本軍と戦い、国を守るために死闘を繰り広げている。戦争が長引けば長引くほど、日本もへたばり、国民党も弱っていく。共産党は高みの見物で、日本が負けたあとに国民党を叩けばいいという戦略だったのです。
毛沢東の中国共産党に思うように操られていたのは日本なんです。日中の戦争にひきずり込まれた日本は、戦略がまるでなっていなかった。歴史の先を読もうともしたが、まったく筋が悪かった。
峯村:たしかに当時の日本は戦略に乏しかったといえます。いっぽう、戦略づくりの基礎となるインテリジェンスは比較的優れていたと評価しています。内藤湖南や緒方竹虎などの書物を読むと、いまでも通用すると思われるほど中国に関する情報の収集と分析が正確にできていました。当時の日本軍にも現場には世界一流の対中インテリジェンス能力があったと思う。にもかかわらず、こうした情報をしっかりと把握して戦略に昇華させる意思と能力を軍上層部がもっていなかったことが敗因だと分析しています。