知日派の中国首脳を「潰してしまう」日本の愚行
峯村:中国の指導部で、汪兆銘のように日本に理解を示す実力者を、当の日本が大事にせずに潰してしまう愚行は、いまでも受け継がれていると感じる時があります。
そのいちばんの例が、習近平の前任の国家主席・胡錦濤に対してです。複数の中国共産党関係者が「胡錦濤ほど対日関係を重視している指導者はいない」と口を揃えるほど、「知日派」として知られていました。にもかかわらず、当時の小泉純一郎首相が靖国を公式参拝するなどしたことで、前任の江沢民に連なる反日的な実力者たちにどんどん批判の口実を与えてしまい、対日政策に重きを置いていたはずの胡錦濤の力は削がれていきました。
そして、とどのつまりが2012年9月の「尖閣国有化」です。胡錦濤から習近平へと政権が代わる、中国共産党大会直前の最も政治的に敏感な時に、中国側が領有権を主張する尖閣諸島を日本政府が国有化したことで、中国国内では反日デモが起き、その矛先は胡錦濤政権に向けられた。胡錦濤は中央軍事委員会主席に残るとみられていたが、共産党内で求心力を急速に失って完全引退に追い込まれました。
これを目の当たりにしていたのが習近平です。「日本に接近することはリスクになる」という教訓を得て、前任者より対日強硬路線に舵を切ったのです。この時に汪兆銘のことが習近平の頭をよぎったことは想像に難くありません。戦前・戦中から続く、こうした日本の対中戦略の欠如こそが、中国との関係悪化を招き、世界における日本の地位が上がらない要因だと思います。
橋爪:日本になぜそうした知恵がないのだろうか。外交では、まず相手をよく理解し、そのうえで相手が受け入れられるプランを提供し、相手を満足させながらこちらにいい状態を実現させる、というのが基本姿勢であるべきです。相手のことを勉強もせず、理解も欠けていたら、自分の利益も安全も確保できない。支那事変(日中戦争)での当時の日本人の愚かなふるまいを、われわれはまるで笑えません。頭のなかみはいまも似たようなものだからです。
(シリーズ続く)
※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。