峯村:文革がマルクス主義から逸脱したものであるというのはまさにそのとおりです。一強体制を強固にした毛沢東時代に、大躍進から文革へとつながった歴史の連続性で言うと、いまの習近平体制も似通った動きをみせています。
2023年10月に北京で開かれた「全国宣伝思想文化工作会議」の最中、序列5位で中央弁公庁主任の蔡奇は「習近平総書記が、新時代の文化に対して打ち立てた思想が非常に奥深い」という演説をしました。「文化建設」や「文化思想をつくらねばいけない」とも発言し、「文化」という言葉を何度も使っていたのです。
この蔡奇という人物は、序列5位ではありますが、習近平の汚れ仕事を一手に引き受けている側近中の側近です。北京市党委書記を務めていた時には、習近平が「街を綺麗にしろ」と言ったら、街中の看板や低所得者層が住むバラック街を一斉に撤去するなど、強権を発動していました。習近平の忠実な部下ではあるけど、北京市民から評判の悪いトップでした。
その蔡奇があえて文革を想起させる「文化」を何度も使ったことに非常に注目しています。実際、習近平政権が進める「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」というキャンペーンは、文革と一緒じゃないかと指摘する中国の人も増えています。
中国のSNSやインターネットでは「文化大革命」「文革」は禁止ワードになっています。禁止にしているのは、文革が共産党体制に影響を及ぼす敏感な言葉であると同時に、習近平がそれを意識した新たな政策を実行していることの証左とも言えるでしょう。
文革は洗脳そのもの
橋爪:文化大革命の「文化」とは何か。経済でも政治でもありません。文化を革命するという。つまり、頭の中身、思想のことです。
ある人が中国共産党に従い、財産は国家に提供し、もっていた政治権力も手放した。でも、思想が間違っています、と言われた。間違った思想は直さなければならない。どんな手段があるか。教育です。文革の当時は「労働改造所」(労改)という施設に送られ、自由を奪われ、施設の教育プログラムに従って過ごす。許してもらえれば、社会復帰ができます。でも、許してもらえないかもしれない。暴行を受けて障害者になったり、結局は抹殺されたりしてしまう可能性もあります。
現在、新疆ウイグル自治区で行なわれていることがまさにそうです。イスラム教徒であるウイグル人を収容所に送り、共産党にとって望ましい考え方や行動様式を植え付ける。何年か経って、“改造”されていたら社会復帰できるかもしれない。でもそうなる保証はない。出所できないかもしれない。これが、「文化」の「革命」なのです。
ではなぜ、文革の時代、ふつうの中国の人びとの考え方までが問題になったのか。
峯村:橋爪先生のおっしゃる「文化」とは思想であり、それを改造するということは洗脳そのものなのです。文革当時、「文化が足りない」という言葉が意味したのは、「誰が中枢なのか」「誰が権力のトップなのか」がわかっていない、つまり、「毛沢東に対する忠誠心が足りない」ということとほぼ同義でした。
その点でも、いまの習近平が共産党内でやっていることと結構似ています。現在、政府や軍、国有企業の職員らを対象に「習近平思想学習会」を内部で頻繁に開いています。部署によっては、年間で数か月に及ぶこともあるようです。「習近平に対する忠誠が足りないから勉強しろ」と習近平の語録を読ませたりするのは、『毛沢東語録』を読ませ、暗唱させた文革を想起させます。
(シリーズ続く)
※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。