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あぶない中国共産党

中国・習近平主席が一家もろとも辛酸を舐めさせられた「文化大革命」のトラウマ 当時の中国人が毛沢東に抱いた「尊敬と畏怖」の背景

憎しみと尊敬が混ざり合った習近平の毛沢東観

峯村:最近、学会などでよく指摘されることに、「習近平が第二の文革をやろうとしている」という見方があります。しかし、そうした議論で抜けていると思うのは、文革時代に青年期を過ごした人びとの「毛沢東観」です。彼らに毛沢東について尋ねると、尊敬と恐怖が入り交じった感情を抱いていることがうかがえます。

 習近平に至っては、下放によって陝西省の農村に約7年間送られ、洞窟の中の住居でノミや南京虫に喰われながら生活しました。当時のいちばんの思い出について、習近平は「農民からもらった生の豚肉を食べたことだ」とふり返っています。多少誇張されている面があるかもしれませんが、辛い経験をしたのはたしかでしょう。

 われわれの感覚で言えば、このような誤った政策によって犠牲になっていたら、毛沢東に対して憎しみを覚えるのが自然です。しかし同時に、この時に行なわれたのは『毛沢東語録』を暗記する洗脳的なイデオロギー教育です。それによる憎しみと尊敬がミックスした感情こそが、習近平の毛沢東観なのです。

 毛沢東ばりの「習近平語録」を部下たちに学ばせたり、みなが平等に豊かになることを目指す「共同富裕」を掲げたりしている点は、毛沢東への「尊敬」の部分が反映されています。いっぽう、「憎しみ」の観点からみると、習近平にとって毛沢東は「乗り越えなければいけない対象」でもあるのです。

 これについて、父親である習仲勲と毛沢東との関連性から考えてみます。習仲勲は革命時から毛沢東の忠実な部下として仕えていたにもかかわらず、文革では最も被害を被った高官の一人です。さらに母親の斉心も市中を引き回される拷問を受けるなど、一家はひどい仕打ちを受けてもいます。だからこそ習近平は、毛沢東にトラウマを抱いており、それゆえに「乗り越えなければならない存在」なのだと思います。

橋爪:毛沢東が畏怖の対象だったのはそのとおりだと思います。毛沢東のせいで農村に行かされた青年たちはひどい目に遭いました。都市の学校に通っていたのに、農村に送られることになり、親たちはたいへんなショックです。

 農村に移住すると、都市戸籍(城市戸口)から農村戸籍(農村戸口)に変わってしまいます。都市に戻れなくなる。実際に戻って来なかった人も多いのです。現地で結婚して農村にそのままいる、というケースもよくある。

 親たちは、党の幹部に頼みこむなど、あの手この手のコネを使って子どもを呼び戻そうとします。でも、コネのない人も多い。そう簡単にはいかない。

 若者を農村にやるのは、毛沢東の決定だ。でも、こんなやり方でいいのか。毛沢東は圧倒的なカリスマをもつリーダーだから、一般の人は批判などできるはずもない。毛沢東はイデオロギーの解釈権をもっています。毛沢東の考えと自分の考えが違えば、自分が間違っていたと「自己批判」しなければならない。人びとはそうした意味で、毛沢東に対して、尊敬と畏怖という、アンビバレントな感情を抱いていました。

(シリーズ続く)

※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。

峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。

橋爪大三郎氏と峯村健司氏の共著『あぶない中国共産党』

橋爪大三郎氏と峯村健司氏の共著『あぶない中国共産党』

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