日本企業との合併は「東条英機がオハイオに工場を開くようなもの」
冒頭で触れたゴンカルベス氏の会見は、じつはクリフスがAKスチールという、別の米鉄鋼会社を買収して5年になるのを記念して行われたものだった。AKは「アームコ」という米国企業の製鉄部門と、日本の「川崎製鉄」が合併して1989年に設立された。Aはアームコ、Kは川崎の頭文字だ。
そのアームコの創業の地は、中西部オハイオ州のミドルタウンという町だ。そこまで書くと、鋭い読者は気づくかもしれない。
第二期トランプ政権の副大統領に就任したJ・D・ヴァンス氏の2016年のベストセラー自伝『ヒルビリー・エレジー』(日本語版は、関根光宏・山田文/訳・光文社)で描かれた貧困と絶望の舞台が、アームコの工場の城下町、ミドルタウンだった。同書には、日本資本の入ったAKへの複雑な心情が書かれている。ミドルタウンの人々は合併後もAKを「アームコ」と呼んだ。その理由を〈カワサキが日本企業だったからだ〉として、こう続ける。
〈第二次世界大戦の兵役経験者とその家族であふれているこの町では、アームコとカワサキの合併は、まるで東條英機自身がオハイオ南西部に工場を開くことにしたかのように受け止められたのだ〉
〈カワサキとの合併は、不都合な真実を象徴する出来事だった。「ポスト・グローバル化の世界では、アメリカの製造業は厳しい状況下にある」という真実だ。アームコのような企業が生き残ろうと思えば、再編が必要になる。カワサキはアームコにそのチャンスを与えた。ミドルタウンを代表するこの企業は、おそらく合併がなければ生き残れなかっただろう〉
アームコと川崎製鉄が合併した1989年といえば、日本が世界の経済強国の地位にあった。低迷するアメリカに手を差し伸べてくれる恩恵はわかっていても、労働者や家族はその存在を認めたくない。だから日本企業の名前も言わない。実際、川崎製鉄はその後、株式を売却していった。