鄧小平が習仲勲と華国鋒から横取りしたもの
橋爪:エズラ・ヴォーゲル氏の鄧小平の伝記(『現代中国の父 鄧小平』日本経済新聞出版社)の評判を本人に尋ねると、中国では、「鄧小平に甘すぎる」という声が多かったと言うんです。「鄧小平はもっと悪い」「裏がいろいろあるんだ」とみえるらしい。そうかもしれません。
同書には華国鋒のことも出てきます。鄧小平の陰に隠れているけれど、実は重要な改革に着手していて、なかなか筋はよかったという評価です。鄧小平がいなければ、華国鋒こそ中国の経済発展の礎を築いた立派な指導者、という評価になっていたかもしれない。
鄧小平は、毛沢東の懐刀だけあって、傑出した政治力と広い人脈をもっていた。だから華国鋒は、あっけなくやられてしまった。実力がものをいう中国共産党では、やむを得なかったと思います。そして鄧小平は、習仲勲が手がけたいろいろな試みや、華国鋒が始めた改革の取り組みをみんな横取りして自分の手柄にし、「改革開放の総設計士」として大きな顔をしている。
峯村:鄧小平に改革開放の手柄を横取りされた最大の被害者こそ、習仲勲と言っていいでしょう。習仲勲は長年の軟禁生活を経て、ようやく釈放されたと思いきや、中国南部の広東省の第二書記というポジションをあてがわれました。
当時の広東省は文革でボロボロになり、何万人という中国人が香港に逃げたり、密貿易が盛んに行なわれたりして、混乱をきわめている状況でした。いわば最もリスクの高い地区に送り込まれたわけです。
そこで習仲勲は、香港の対岸という地の利を活かし、リスクもあるがチャンスもあるということで「開放」の拠点を深センに置き、「経済特区」と位置づけて経済成長に道筋をつけました。この成功を受けて、鄧小平はこれを「改革開放政策」とし、自らの功績としてアピールするようになったわけです。
(シリーズ続く)
※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。