2000年代初頭に経産省米州課長として鉄鋼摩擦の対応にあたった明星大学教授・細川昌彦氏
トランプ大統領に「戦利品」を差し出せるか
トランプ流交渉術を丁寧に検討すると、いくつかの「パターン」が見えてきます。とりわけ今回の交渉に関してあてはまるパターンは2つあります。1つは「大きく構える」ということ。もう1つは「複数の選択肢を持って1つにこだわらない」ということです。日本側もこのパターンを使っていかないと噛み合いません。
先に後者の「複数の選択肢を持つ」を考えてみましょう。「社債」と口にしたからといってそれを出口にしているのではなく、揺さぶりをかけ、より魅力的な選択肢が差し出されるかをトランプ大統領は見ています。
例えば、USスチールと日鉄で合弁会社を設立するスキームも考えられます。日鉄側は資金を、US側は工場や設備を現物出資させるのです。もとのUSスチールはもぬけの殻となるから、過半数を取らずとも実質的に買収したのと同じ効果を得られる。
同時に、トランプ大統領が「戦利品」と考えられる材料を差し出せるかがキモになります。その気にさせられなければ、やはり過半数以下に甘んじるしかない。技術供与も、設備投資の規模も縮小し、日鉄にとって旨味は薄くなる。こうなるとUSスチール以外の鉄鋼メーカーを巻き込むなど白紙から計画の作り直しも必要になるでしょう。
そこでもう1つの「大きく構える」も考えてみましょう。日鉄だけ、鉄鋼だけの交渉を考えるのではなく、産業界を巻き込んだ大きなスケールのストーリーを語ったほうがトランプ氏対策では効果的です。
この点、石破(茂)首相がどこまでその意識を持っているのか疑問です。首脳会談で「トヨタといすゞ自動車の投資を拡大する」と誇っていましたが、既に公表されている案件とはいえ、カードを切るのが早過ぎたのではないか。相手の出方を探りながら、効果的なタイミングでUSスチールの件も絡めて自動車業界の対米投資カードも含めた大きな絵で提示するのがトランプ大統領には効果的ではないでしょうか。