スキー場での “極寒体験”を振り返る(イメージ)
地球温暖化がしばしばトピックになるが、今年の冬は各地が豪雪被害に見舞われるなど寒い日も多かった。体験取材を得意とする女性セブンの名物ライター“オバ記者”こと野原広子さんが自らの“極寒体験”が綴る。
実家の寒さに耐えられず帰省介護をギブアップ
大寒波に見舞われた日本列島。「寒いですねぇ」ってこれ、ただの挨拶じゃないね。互いの生存確認というか、人の顔を見たら言わずにいられないレベルだ。
私の部屋は北向きで直射日光が入らないから、寒いなんてもんじゃない。かといって電気代を考えると、おいそれとエアコンのスイッチを入れられない。ホント、「懐が寒い」のはシャレにならないけど、でも雪国で高齢者が雪下ろしをしているニュース映像を見ると、都会のマンションで震えている自分がアホに思えてくる。布団にくるまっていればどうにかなるんだから。
それにしても、茨城の実家は寒かった。2年前、夏から晩秋まで帰省介護していた私がギブアップしたのも、実家の寒さに耐えられなくなったからだ。断熱材が入っていない日本家屋は暖房をつけても一時しのぎで、体感は外気とほぼ同じ。夜寝るときは毛糸の帽子を被らないと眠れないし、夜中にトイレに目が覚めたら、さぁさぁと体中に力をみなぎらせて向かうんだけれど、不整脈の気がある私は怖くてたまらない。
92才の母親は「(自分を)施設になんか入れるなら、こうしてやる」と首に輪をつけて私を脅したけど、いやいやいや、ムリなものはムリだって。その母親の鶏の手羽先のようになった手を振り切って施設に送った3か月後にこの世を去ったものの、いまも後悔していない。その半年後には私も卵巣に境界悪性腫瘍が見つかり、大手術をしている。まさに死闘だったなと、いま振り返っても思うもの。