文化放送アナウンサー時代のみのもんたさん
2003年の長者番付で俳優・タレント部門で初のトップに
みのさんは昼帯の『おもいッきりテレビ』を続けながら、1993年10月から『どうぶつ奇想天外!』(TBS系)、1997年10月から『学校へ行こう!』(TBS系)、1998年4月から『愛の貧乏脱出大作戦』(テレビ東京系)というゴールデンタイムの司会を務め、いずれの番組もヒットした。50代にして、全盛期を迎えていた。
「みのさんは勉強家で動物についてもすぐに詳しくなった。文化放送時代からどんな仕事もこなしていたので、知識の幅が広かったのでしょう。それは人間関係も同じで、いろんな人と分け隔てなく接していた。だからこそ、世代を超えてV6とも違和感なく共演できたし、一般の人にも緩急自在に対応できたのでしょう」(テレビ局関係者)
『クイズ$ミリオネア』(フジテレビ系)が始まった2000年には初めて納税額が1億円を超え、俳優・タレント部門で7位に。6位はSMAPの中居正広で1億622万円、8位はビートたけしの1億394万円だった。そして、2003年には2位の石橋貴明1億5251万円、3位の浜田雅功1億2414万円を抑えて、俳優・タレント部門で初のトップに立った。
「当時、レギュラー7本でテレビに出ないのは日曜日だけでした。土居まさるさんや東海林のり子さんなどラジオ局出身のアナウンサーでテレビで活躍した人はいますが、みのさんの活躍は、ずば抜けていたと言っていい」(前出・芸能記者)