視聴者はもう広告なんて信じていない
そんなある日、故・みのもんたさんが司会を務める番組がふと目に入った。そこで、白衣を身にまとった医師が、赤ワインに含まれるポリフェノールには血液をサラサラにする効果があると解説すると、赤ワインが飛ぶように売れた。
「“あっ、これだ!”と思いました」と高岡氏は振り返る。
「CMに何十億円投資しても売上も利益も変わらないのに、利害関係がない人が番組で商品を紹介したらバカ売れする。もう視聴者は、クライアントにとって良いことしか言わない広告なんて信じていないのだと思いました。ちょうどその頃、原書で読んだ『ブランドは広告で作れない』(アル・ライズ、ローラ・ライズ著)というマーケティングの本にも、“これからの時代はムダな広告費を使うよりPRを活用せよ”と書いてありました」
広告を凌駕するPRとは何か。高岡氏は「PRでは、口コミで伝わるニュースがカギになります」と語る。
「広告代理店にPRを依頼すると有名タレントなどのセレブリティを起用したがるけど、PRの本質はニュースです。自分の胸にとどめておけず、人に伝えたいようなニュース性を持つ商品は、広告しなくても口コミで広まります。
しかも当時はブロードバンドが始まった時代で、アメーバブログなどで個人が発信を始めて、それまで口コミで伝わったことが何万倍ものスピードで拡散されるようになっていました。そんな時代にCMを闇雲に流してもいいのだろうかと疑問に感じて、キットカットのCMをやめることを決めました」
2005年にはJR東日本の中央線にキットカット「受験生応援キャンペーン」の車体広告が登場した(時事通信フォト)
キットカット「受験生応援キャンペーン」は口コミで成功した
CMで大々的に視聴者に訴えることをやめたうえで、本社が求める利益をどう生み出すか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、「受験生応援キャンペーン」だった。キットカットの発音が九州の方言「きっと勝つとぉ!(きっと勝つよ!)」に似ていることから、高岡氏らのチームは「商品をニュースで広める」ことを試みた。
「2003年1月、センター試験の最中に、確か東大と慶應大のキャンパス近くでサンプリングを実施したのですが、試験後にキャンパス内にあるごみ箱にキットカットの空箱がいっぱいあるのを見て、受験生がネット上で『何でこんなにキットカットがあるの?』と疑問をブログで発信したんですね。すると、知っている人が『それは九州の方言で〜』と教えた。こうした口コミがあっという間に広がりました。
このキャンペーンをCMでやっていたら視聴者がシラケてしまって成功しなかったはずです。受験のストレスから解放されたいという若い顧客の問題を見つけて、それに解決法を与えて、ニュースとして広めたことがキャンペーンの肝でした」
口コミの力でキットカットは受験生のお守りとして浸透し、受験生応援キャンペーンは大成功を収めた。キットカットの売上は5倍、利益は10倍になった。