閉じる ×
トレンド

歳を重ねて変化する“故郷への思い” 60代オバ記者は母を見送ってから「愛着と背中合わせの憎悪の感情が消えて、ほっこりした気持ちだけが残っている」

震災の翌年、東京の友達に見せたくなった故郷の山桜

 あれは東日本大震災の翌年だったか、青いビニールシートの屋根だらけだった景色が少しずつ復興してきたのを見て、故郷の桜の名所・櫻川磯部稲村神社の山桜を東京の友達に見せたくなったの。

 花見といえば、ソメイヨシノを愛でて飲んで騒ぐものというイメージだったけれど、ここは山いっぱいに珊瑚礁みたいに色とりどりの桜が咲く。大昔から自生している天然の山桜は開花時期が3月末から4月下旬までと長く、いろんな種類の桜が代わる代わる満開を迎えるんだわ。

 それにしても、山桜の密集地のひとつ、櫻川磯部稲村神社の境内の素晴らしさよ。なんと、階段状の小さな“円形ステージ”があるの。ここで私の知人のバイオリニスト・栗山ひろみさんのバイオリンを鳴らせたらどんなに素敵かしら、と妄想したらもう止まらない。で、本人にお願いしたら、「いいわよ」と二つ返事。13年前のことだ。そして当日を迎えたんだけど、忘れられないシーンがある。

 友達みんなで持ち寄った料理をシートに広げたところにバイオリン演奏が始まったんだけど、ちょうど近所の中学校の下校時間だったのね。えんじ色のジャージーのパンツの裾を膝下までめくっている女子中学生たちが自転車にまたがったまま聴いてくれていたんだわ。春風を感じながらの屋外で聴く名曲『愛の夢』の素晴らしさといったらない。

 酒飲みの大工の弟も、手の中で盃をもてあそびながら神妙な顔で聴いていた。母親は「葡萄酒っちゃ、うまいなや」と言いながらワインを飲み、義父は最寄りのJR水戸線羽黒駅まで、車での送迎を買って出てくれて、次の到着時間を気にしている。親友のF子は演奏会の会費2000円を集める係を引き受けてくれたっけ。あの花見から10余年の間に母も義父も大工の弟もあの世に旅立っているけど、いまとなればいいことしか思い出さないんだわ。それに、この世は生きている人のためのものだしね。今年、また山桜の花見を主催しようかな。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2025年4月10日号

関連キーワード

注目TOPIC

当サイトに記載されている内容はあくまでも投資の参考にしていただくためのものであり、実際の投資にあたっては読者ご自身の判断と責任において行って下さいますよう、お願い致します。 当サイトの掲載情報は細心の注意を払っておりますが、記載される全ての情報の正確性を保証するものではありません。万が一、トラブル等の損失が被っても損害等の保証は一切行っておりませんので、予めご了承下さい。