トランプ関税の影響はどこまで広がるか(イラスト/井川泰年)
トランプ関税の発動に伴い、主要国の株式市場は軒並み下落し、世界経済への悪影響も懸念され始めている。「アメリカ経済の失速は必至」と指摘するのは経営コンサルタントの大前研一氏。トランプ関税が日本企業に、そしてアメリカ経済にどう影響するのか、大前氏が分析する。
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トランプ大統領は4月3日、日本車を含めたすべての輸入車に対する25%の追加関税を発動した。さらに半導体、医薬品、農産物などへの分野別関税や相互関税も導入する方針を示している(本稿執筆時点)。「タリフマン=関税男」を自称するトランプ大統領の関税政策が本格的に始まった。
しかし、その足元はすでに揺らいでいる。トランプ関税の影響でアメリカの消費者物価指数は上昇を続け、NYダウ平均株価も大幅に下落している。物価高と景気後退が同時進行するスタグフレーション突入が懸念され、「トランプ・スランプ(トランプ不況)」への警戒感が広がっているのだ。
実際、FRB(米連邦準備制度理事会)が3月19日に公表した今年10~12月期の経済見通しは、実質経済成長率、失業率、インフレ率、コアインフレ率(価格変動が大きい食品価格とエネルギー価格を除外したインフレ率)の主要4指標がすべて昨年12月の前回見通しから悪化した。FRBのパウエル議長は「関税は成長を鈍化させ、インフレを加速させる傾向がある」と指摘している。
そうなるのは当然だ。トランプ大統領は経済の「け」の字も、経営の「け」の字もわかっていないからである。とくに、過去50年間に起こった世界経済の大きな流れを全く理解していない。
その象徴は、日本の対米輸出急増に伴い1970年代に始まった日米貿易摩擦である。まず、繊維がアメリカのターゲットになり、それから鉄鋼、カラーテレビ、自動車、半導体……と1990年代まで続いた。
この日米貿易摩擦において、アメリカは日本に対し2つのことを行なった。
1つは「関税」である。不公正な貿易障壁などがある外国の制裁について定めた「スーパー301条」をちらつかせながら、日本製品に対する関税率を一方的に引き上げた。もう1つは「クオータ制(輸入割当制)」である。外国製品のアメリカ国内販売量を制限する制度で、たとえば日本の自動車業界はそれに従い、対米輸出を1981~1983年度は168万台、1984年度は185万台、1985~1991年度は230万台、1992~1993年度は165万台の「自主規制」を実施した。
では、その後どうなったか? 前述したアメリカの産業で復興したものはない。ことごとく衰亡するか国境を越えて世界の最適地に移り、かつて世界一だった自動車産業でさえ、いまや凋落の一途をたどっている。
つまり、関税とクオータ制では自国産業は救えないのである。この日米貿易摩擦の歴史をトランプ大統領は何も知らないのだ。