2023年度の「いじめ認知件数」を比較すると、私立小・中は公立の5分の1にとどまった(東京都の公表資料より清水氏が作成)
首都圏や大都市圏を中心に過熱する「中学受験」。私立を含めた所得制限なしの高校授業料の無償化導入により、私立の中高一貫校を目指す保護者がますます増えるとの予測もある。しかし、私立校は公立校に比べて本当に優れた環境と言えるのか。フリーライターの清水典之氏が、公表データや識者らへの取材をもとにレポートするシリーズ「中学受験の“不都合な真実”」。第1回は公立・私立の小中高で発生した「暴力」「いじめ」のデータをもとに、その実態について検証する。【シリーズ第1回】
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首都圏模試センターの調べによると、2023年度の首都圏の中学入試受験者数は過去最多の5万2600人に達したが、翌2024年度は5万2400人、今年度は5万2300人と下降線を描き始めた。受験率は18.1%と昨年度に次ぐ高さだが、受験者数で見れば、天井を打った感がある。少子化が進むなか、私立校と大手塾は協調して“中学受験の大衆化”をはかり、受験率アップで生徒数を補ってきたが、ピークに達したとすれば、今後は小さくなっていくパイを奪い合う世界がやってくる。塾や学校の競争はますます熾烈になり、その歪みが様々なかたちで現われることになるかもしれない。
そのひとつが、私立小学校や中学校における「退学」の実態だ。義務教育である公立の小・中学校には退学処分は存在しないが、私立の小・中学校には認められている。私立にとって「退学」処分は、暴力やいじめなどの行為を抑止する“伝家の宝刀”のように扱われることもあるが、一方で、辛い受験勉強に耐えて入学した学校を自主的に退学していく生徒もいる。小・中学生が私立校を退学になる、あるいは退学する事情にはどういうものがあるのか。
退学処分がある私立校には「暴力」「いじめ」は少ない?
「公立中学校は荒れていて、いじめもあるから、難関進学校でなくてもいいので、中学受験して私立校に通わせたい」
子供に中学受験をさせる親のなかには、そう考えている人もいる。「私立の場合、暴力やいじめに関わると退学処分になるから、暴力やいじめ自体がないはずだ」という考え方だ。
しかし、そもそもの前提として、今の公立中は“荒れている”のか。『「中学受験」をするか迷ったら最初に知ってほしいこと』(Gakken)著者で、全国の小中学校を視察し、教育政策の提言もしている塾講師の東田高志氏はこう言う。
「数十年前は荒れていたという北九州や東京・品川区などの公立中を、最近視察しましたが、驚くほど落ち着いていました。地域の方にも話を聞きましたが、『昔とは別の学校のよう』と言っていました。今は小学校で授業崩壊などが起きていて、それを体験した親が、そのまま地元の公立中に進学したらひどいことになると考えるのですが、中学では不思議と落ち着く。地域によっては荒れている公立中があるかもしれませんが、全国的に非常に少ない印象です」
かつては公立中に多く見られたような“荒れ”が小学校に前倒しになっているような状況があり、親の世代と違って現在の公立中の生徒や校内の様子は驚くほど静かだという。
では、私立中には「退学」があるから、暴力やいじめはないというのは本当か。