にもかかわらず、マスメディアもこの問題の本質を理解していない。最近はようやく日本経済新聞が「円安頼みで持続的な成長は望めない」(2019年11月17日付朝刊)などと報じるようになってきたが、その一方で同紙はディズニーランドの入場券やダイソーの商品などは世界で最も安く、その理由について「根底には世界と比べて伸び悩む賃金が物価の低迷を招く負の循環がある。安いニッポンは少しずつ貧しくなっている」(2019年12月10日付電子版)と分析している。
しかし、国際比較で日本のディズニーランドの入場券やダイソーの商品が安いのも、賃金が上がらないのも、円安のレートで換算するのだから当たり前である。
円高になったら、日本の購買力が上がる。仮に円が過去最高値の1ドル=75円台(2011年)になったとすれば、購買力は現在の1ドル=110円台の約1.5倍になるので、世界中から高級ブランド品や高品質なものを安く輸入したり、海外旅行をリーズナブルに楽しんだりすることができる。
しかも、日本は個人金融資産が1800兆円超もある。為替レートが1ドル=110円台から75円台になれば、その購買力は約2700兆円に膨らむ。これはバブル期のように世界中の企業や不動産を買いまくることができる金融パワーだ。
円高が進んだらインバウンドが減少すると反論する向きもあるが、訪日外国人の旅行消費額は年間4兆5189億円(2018年)でしかない。もし、それが半分になったとしても年間2兆2500億円ほど減るだけだから、2700兆円の購買力に比べれば、誤差の範囲内である。国・国民にとって為替は強いほうがよいに決まっているのだ。
ところが、日本は強い為替の使い方を知らない。本来、購買力が高くなったら何をすべきなのか? 国民の生活の質を上げることに使うべきである。
好例はスイスだ。スイスフランが強くて物価は非常に高いが、国民は豊かな生活をしている。世界中から裕福な観光客がやって来るし、信じられないほど高価な時計も飛ぶように売れている。日本企業は円高になっても売れるようなものを作ればよいだけの話であり、為替が強くて悪いことは何もないのである。
◆おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『経済を読む力「2020年代」を生き抜く新常識』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年2月7日号