たとえば、1泊2日4万円の旅行商品で支援額が上限の1人あたり2万円分の場合、1万4000円が旅行代金の値引きとなり、6000円が旅行先で飲食やアクティビティ、お土産などに利用できる「地域共通クーポン」として旅行者に配布されるという。しかし、その旅行商品のホテルの正規料金が1泊3万円だとすれば、実質的に2万円で泊まれることになるので、旅行者は次回も同じホテルに3万円で宿泊しようとは思わないだろう。
つまり、キャンペーン期間が終わったら元の木阿弥どころか観光・旅行業界にさらなる悪影響を与えるわけで、これは経営者が「自分で自分のサービスに対して適正な価格をつける」という最も神聖なプロセスを侵すものにほかならない。
本来、ホテルや旅館の経営者は、お客さんの声に耳を傾けながら、可能であればAI(人工知能)などを活用し、宿泊料金がいくらだったら来てもらえるのか、稼働率が何%になるのか、シーズンによってどのくらい価格を変えればよいのか、ということを常に探っていなければならない。言い換えれば、料金は各宿泊施設の経営者の専権事項であり、その重要なプロセスに税金をジャブジャブと注ぎ込んで企業を補助金漬けにする「Go To キャンペーン」は、ホテルや旅館の基礎的な経営力を失わせ、自立を妨げる。
もちろん「持続化給付金」や「雇用調整助成金」のように、新型コロナ禍の影響で悪化した経営を一時的に助ける政策は必要である。だが、それ以上の需要喚起策は経営の破壊につながる。だから「Go To キャンペーン」の発想は100%間違っていると思うのだ。
●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『世界の潮流2020~21』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年7月31日・8月7日号