堤氏は百貨店社員に対し、紳士売場をどうしろ、婦人服売場をどうしろとか、具体的には言わない。「ライフスタイル提案型の売場にしろ」と指示を出すのです。社員は戸惑いますが、社長の指示だから必死に考える。こうして他店とは異なる売場が生まれ、セゾングループは最盛期を迎えます。
堤氏の“暴走”ぶりも凄く、百貨店の中にセゾン美術館をつくったり、糸井重里氏が考案した「不思議、大好き。」「おいしい生活」などのコピーを採用して、小売店なのにわけのわからないCMをどんどん出して、若者たちから共感を得てきました。
もし堤氏が「いきなり」の指揮を執ったら、ステーキを売るのではなく、“おしゃれなライフスタイル”の舞台にしてくれるでしょう。
堤氏は経営者でしたが、作家であり、文化人であり、アーティストだった。そのアーティストが頭に思い描いたイメージをもとに、よくわからない指示を出す。それを社員は自らで考え、提案し、実行に移す。それによって社員の意識改革が起き、スキルも上がる。従来のようにただモノを売るのではなく、ストーリーを作り上げてその情報と一緒に売るというやり方を社員が自ら学んでいけば、会社は変わっていく。
「いきなり」は商品の競争力が失われたわけではないので、ここにストーリーが加わればこれ以上店舗を減らさなくても事業を継続できるはずです。
※週刊ポスト2020年8月14・21日号