大前研一「ビジネス新大陸」の歩き方

日本企業がテレワークで生産性を上げられない根本的な要因

 今回の新型コロナ禍を機に、日立製作所や富士通、資生堂などがジョブ型の導入や拡大を発表している。しかし、半世紀近く経営コンサルタントをやってきた私の経験から言えば、日本企業で明確にジョブディスクリプションを書き出せる人事部や管理職の人は見たことがない。だから、ホワイトカラーの間接業務をロボットに代行させるRPA(Robotic Process Automation)もうまく運用できないのだ。

 ジョブ型の大前提は、雇用契約が“永遠”ではないことだ。たとえば、ジョブ型の権化のようなマッキンゼーは「アップ・オア・アウト(Up or Out/昇進するか、辞めるか)」が原則で、入社時に「目標を達成できない人は毎年20%ずつ解雇されます。したがって、あなたが5年後に生き残っている確率は20%」と通告する。そしてプロジェクトを受け持ったら24時間寝る間も惜しんで働き、次のプロジェクトまでは好きなだけ休んでよいという制度なのだ。

 なのに、ある女性社員が「もう昇進・昇給しなくていいので、今のポジションでずっと働かせてください。家庭があるので出張も勘弁してください」と申し出た。非常に優秀な人材だったが、アップ・オア・アウトの原則に反するから、当時の私は即刻解雇せざるを得なかった。そこまで冷徹なことが日本企業にできるだろうか? まず無理だろう。

 在宅勤務・テレワークになると、もともと仕事をしない社員はますます仕事をしなくなり、Zoom会議の時だけ出てくる。実際、今は多くの企業でそういう状況になっている。在宅勤務・テレワーク中の仕事ぶりを逐一チェックしたり、その日の業務内容を細かく報告させたりしたとしても、それを正しく評価できる上司はなかなかいない。

 ジョブ型では、毎年もしくは半期や四半期ごとに一人一人の社員に求める成果を決め、これとこれは達成したが、これとこれはできていないから、来期はこの点を改善せよ、と1対1でレビューする。上司は、このレビューに多大な時間と手間をかけねばならないし、合意事項は書類できっちり残しておかねばならない。

 そのような仕組みがあって初めてジョブ型は機能する。それなしに単に「成果を上げろ」と号令をかけたら、真面目に働いている社員が過重労働になる一方で、企業はサボっている社員にも給料を払うチャリティー機関になってしまう。いま日本企業がやろうとしている中途半端なジョブ型へのシフトは、かつておざなりの成果主義を導入した時と同じ轍を踏み、惨憺たる結果に終わるだろう。

●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。

※週刊ポスト2020年8月28日号

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