10万とも20万ともいわれる日本の名字のなかで、最多を誇るのが「佐藤さん」である。全国にはおよそ200万人の「佐藤さん」がいると推計されている。『名字でわかるあなたのルーツ』(森岡浩・著)より、そのルーツと秘密を紹介しよう。
日本最多の名字だけに、世に知られた「佐藤さん」は数多い。ありふれた名字ではあるが、芸能人でも佐藤健、佐藤浩市、佐藤栞里、さとう珠緒など芸名に使用する人は多く、プロ野球ならパンチ佐藤やG.G.佐藤など、ニックネームを登録する例もある。当然、佐藤栄作元首相など、政財界にも「佐藤さん」は枚挙にいとまがない。
ところで、「藤」の付く名字は平安時代に公家の頂点を極めた「藤原氏」の末裔であると聞いたことがある人は多いのではないだろうか。これは半分だけ正解だ。「藤」が名前の下に付く名字(佐藤、近藤、伊藤、武藤、遠藤、加藤、須藤など)は、多くの場合、藤原氏と関係がある。一方、「藤」が名前の上に付く名字(藤井、藤田など)は、植物の「藤」に由来するケースが多い。
「佐藤さん」は、藤原氏のなかでも本家本流の藤原北家から派生した名字である。この一族には、近江の「近藤さん」、伊勢の「伊藤さん」、尾張の「尾藤さん」など、所領とした国の名前を付ける例が多いが、「佐藤さん」は国名や地名ではなく、職業に由来する。その祖は、宮城の門を護衛した左衛門府の官吏だったとされ、左衛門の「左」に人偏を付けて「佐」とし、藤原氏の「藤」とつなげて「佐藤さん」になったといわれている。
「佐藤さん」は日本最多の名字だが、その分布には偏りがある。東日本、なかでも東北に多く、秋田県の約8%が「佐藤さん」である。これにも理由があり、次第に宮廷の力が弱まって武士の時代になると、藤原家の末裔たちもさまざまな地方に散って小さな所領を支配するようになった。当時の武士たちの多くは支配地の地名を名字にしていたが、東北では少し事情が違ったようだ。京都から遠い辺境の地だったために、藤原氏の末裔たちは、中央政府との結びつきを誇示するために、先祖伝来の名字を使い続けたらしい。その結果、東北各地に「佐藤さん」が増えたというわけだ。
これは余談だが、人口密度と名字の集中には相関関係がある。人口密度が低い地域では、家と家を区別する名字が多くは必要とされず、「本家の佐藤さん」「川上の佐藤さん」「麓の佐藤さん」などで十分だった。その結果、人口密度の高くない東北には、今も「佐藤さん」の集中する地域が多いのである。
※『名字でわかるあなたのルーツ』(森岡浩・著)を元に再構成