約20年前、株式売買委託手数料自由化を睨んでネット専業へ転換したのが、「業界の風雲児」と言われた松井証券の松井道夫氏。四半世紀にわたってトップを務めた同氏に代わって、今年6月、初めて創業家以外からトップに抜擢されたのが和里田聰社長(49)だ。ネット証券戦国時代をどう乗り切るのか、和里田社長に戦略を訊いた。
――このシリーズではまず、平成元年(1989年)当時を伺っています。
和里田:高校3年生でした。2歳年上の兄と同じ開成中学・高校に進学したのですが、とにかく幼少時から兄は文武両道で優秀でした。「この人に食らいついていかなきゃ」という思いで、常に兄を追いかけていました。
兄は東大から日本興業銀行(現・みずほ銀行)へ進み、私は一橋大学からP&Gジャパンへと道は分かれましたが、その後、2人ともUBS証券を経て、兄はSMBC日興証券、私が松井証券にいる。何か不思議な感じがしますね。
――「和里田兄弟」は金融業界で知らない人はいないと聞きました。外資系証券2社を経て松井証券に入られた理由は?
和里田:在籍していたUBS証券が、松井証券の株式上場(2001年8月)時の主幹事だったんです。そのご縁で松井道夫・前社長とのお付き合いが始まりました。
もともと松井証券は長い歴史を持つ地場の対面型証券でしたので、後から参入してきた他のIT系ネット証券に比べて落ち着きと重厚さがある。そこに魅力を感じたことも転職に至った理由のひとつです。ネット証券といえども、主要な顧客層は50歳以上ですから、信頼できるブランドは重要だと考えていました。
――創業家の松井道夫社長が、25年もトップを務めた後の重責です。
和里田:松井は「2頭政治はしない」と会長にも就かず、顧問に退きました。上場企業では珍しく創業家が58%の株を保有する大株主ですが、創業家だからこそ、短期的な利益だけではなく、中長期的な企業価値拡大という視点で見ていただいています。また、大株主が証券ビジネスをよく理解されていることは、我々経営陣にとっては心強いことです。