また、菅首相は「縦割り行政の打破」を唱え、それを官房長官時代に実現したことを自慢している。しかし、その事例は大雨時に下流の水位を下げるためのダムの事前放流、楽天を巻き込んで進めている携帯電話料金の引き下げ、農産品輸出の倍増、鳥獣被害対策と所得向上のためのジビエ活用の支援など、涙が出るほど矮小だ。もちろん、それらも重要なことではあるが、各省の担当課長に任せればよいレベルの話だろう。
さらに菅首相は、総務相時代に官僚に大反対されながらも「ふるさと納税制度」を立ち上げ、今では年間約5000億円まで拡大した、と自画自賛している。だが、これは複雑骨折した大怪我に絆創膏を貼るようなものであり、そんな一時しのぎの方法で日本の歪んだ税制の問題を解決できるわけがない。しかも、お得さなどを競う返礼品競争と化したふるさと納税は“さもしくてセコい日本人”を大量に生み出しただけである。
そもそも菅首相は、地方自治の根幹が理解できていない。かねて私が提言しているように、都道府県や市区町村は、憲法第8章の定めにより、単に「国から業務を委託された出先機関(地方公共団体)」でしかない。つまり、日本の地方に「自治」はないのである。
だから、どれだけ予算を注ぎ込んでも地方は創生するどころか衰退し続けているのだ。憲法第8章を改正し、地方が経済的に「自立」できるようにして、現在の中央集権の統治機構を根本から変えなければ、日本は再生できないのだ。しかし、菅首相にそういう認識は全くない。
では、菅政権は今後どうなるか? 当面は新型コロナウイルス対策と社会経済活動を両立していく舵取りが重要となる。しかし「Go Toキャンペーン」や「ワーケーション」といった陳腐なアイデアしか出てこないようでは、遠からず行き詰まるのではないか。キャッチフレーズは「国民のために働く内閣」だが、ならば「これまでの内閣は誰のために働いていたのか?」「安倍内閣はお友達のために働いていたのか?」と突っ込みたくなる。
自民党総裁としての任期は来年9月までなので、野党が混乱し、内閣支持率が高いうちに衆議院の解散・総選挙に踏み切れば、自民党が圧勝するかもしれない。その場合は総裁選で菅首相が再選されるだろう。
ただし、今回の総裁選で見送りとなった党員投票を行なうと、他の候補者が勝つ可能性もあると思う。今は「ポスト菅」候補として加藤勝信官房長官、河野太郎行政改革担当相、小泉進次郎環境相、茂木敏充外相らの名前が挙がっているが、よく言われるように政界は「一寸先は闇」だから、全く違うルートから有力候補が出てくるかもしれない。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年10月16・23日号