そこで同氏は、「これからは正社員を扱う転職エージェンシーに移らなくてはマズい」と考え、2020年夏に突発的に会社を辞め、転職活動を開始します。しかし、コロナ禍でそんなに都合の良い仕事がすぐに見つかるはずもありません。結果的に同氏は自分のキャリアであれば、正社員向けエージェンシーでも通用すると思っていた自信を打ち砕かれます。
「非正規がヤバいのであれば、正規だってヤバいってことに、なんであの時考えを及ばせなかったのでしょうか……。当時の私は浅はかだったのでしょう」
そう彼は私に言ってきました。これからどうするかについては、「とにかく何でもいいから仕事が欲しい」と言っており、前職を辞めたことを後悔しています。今はハローワークに行ったり知り合いの会社経営者に雇ってもらうようお願いしたり日々を過ごしていますが、妻からは「甲斐性がない!」と怒られ、家でも居場所がないと嘆きます。
もう1人は、「コロナという緊急事態では会社に頼るばかりではまずい。自分が今、会社で培った能力を生かし、独立して同じ仕事をフリーでやる!」と決めた男性・B氏(41)です。
彼はとある地域のチラシ広告を扱う広告代理店に在籍していたのですが、一部のクライアントからは「キミみたいな優秀な人は独立すればいいのに」と言われていました。そんなこともあっただけに、「多くの人が私を後押ししてくれるはずだ」と考え、独立。ところがクライアントにその旨を伝えたところ、「キミにはあまり仕事を出せないんだよね……」という返事が来ます。
本来は元々のクライアントからガッポガッポと仕事がもらえるはずだったのですが、まったく来ない。どうやら、クライアント各社も広告を出す余裕がなくなり、B氏が元々いた会社にさえあまり発注できる状況ではなくなってしまったのでした。
クライアントからしても、B氏の能力は高く買っていたものの、自分の会社でさえ今後が見通せない中、フリーで広告代理業をしようと羽ばたいたB氏に仕事を出す余裕なんてありません。B氏は「目論見が外れた……。まったく仕事が来ない……」と嘆いていますが、最後に彼が言いたかったであろうことはコレでしょう。
「安易に会社を辞めなければ良かった……。会社ってありがたかったんですね」
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、博報堂入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『恥ずかしい人たち』(新潮新書)。