借用書がなくて受取書や振込受付書などお金の授受を証明する証拠があった場合でも、Aさんは、弁済や時効の反論をするほか、お金はもらったと反論する可能性もあります。とはいえ、あげたお金の受取書を取るのも不自然な気がしますし、返さなくてもよいという特別の事情がない限り、認められないでしょう。
そもそも金銭授受の証明は文書がないと困難です。例えば立ち会った人がいたとしても、その人が別の店員であなたの意思に反することが難しい立場の場合にはその証言の証明力が弱まります。また、なぜ借用書や受取書がないのかの説明も必要です。もしAさんが徹底して金銭の受け取りを否定すると、それを覆して現金交付の事実を証明することはできないと思います。
もっとも、受け取りを否定しているくらいですから、仮に証明できても、実際に取り立てることは大変だと思います。お金の取り立ては裁判を起こして裁判所から判決をもらって、さらに強制執行を申し立て、Aさんの財産を売却してもらい、その代金から回収することになりますが、財産を把握できないと判決は絵にかいた餅と同じで実効性はありません。めぼしい財産が見当たらないときは、手間暇かけて裁判手続きをするのはかえって大損という結果にもなります。
親しい人にお金を貸すときにはもらいづらいかもしれませんが、借用書を書かせるべきです。そうすれば借りた方も返済義務を意識します。借用書をもらわず貸す以上は、返してもらわなくてもよいというくらいの気持ちでないと、後で悔しい思いをすることになります。
【プロフィール】
竹下正己(たけした・まさみ)/1946年大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年弁護士登録。射手座、B型。
※女性セブン2021年7月29日・8月5日号