【最後の海賊・連載第1回 後編】世界経済は「モノづくり」から質量を伴わない「データ」に軸足を移した。戦後の成功体験にすがる日本は「失われた30年」を過ごしてきたが、二人の起業家だけがその流れに抗ってきた。IT業界の寵児、楽天の三木谷浩史氏とソフトバンクの孫正義氏である。既存の価値観を破壊する両者はいま、携帯電話事業で火花を散らしている。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、日本経済の浮沈を占う頂上決戦の裏側を大西康之氏がレポートする。
楽天は2020年春、「第四のMNO(自前の回線を持つ移動体通信事業者)」として携帯電話市場に参入した。楽天モバイルは「ネットワークの完全仮想化」という全く新しい技術を使っている。これまでの携帯電話の信号処理は、専用のハードウェアが必要だった。それを特別な機器を使わず、どこにでもあるサーバーを使って全てソフトウェアでやってしまう世界初の試みだ。これによって、コストを下げ、携帯料金を安くできるのだ。携帯電話参入前夜の楽天の様子を振り返る──。(文中敬称略)
* * *
2018年9月のある日、三木谷は東京・二子玉川の楽天グループ本社にある社長室に、三人の幹部を集めた。三木谷の右腕として楽天本体のCFOなどを歴任し、このとき楽天モバイル社長になっていた山田善久、シスコシステムズの日本法人社長から楽天に移籍したCIO(最高情報責任者)の平井康文、そして3ヶ月前に三木谷がインドの通信大手、リライアンス・ジオから移籍させた楽天モバイルのCTO(最高技術責任者)、タレック・アミンだ。三人が揃うと三木谷が切り出した。
「Guys.This is the Future!(みんな、これが未来だ!)」
携帯電話参入を決めた2018年、楽天も既存の技術でネットワークを構築しようとしていた。通信機器大手、中国のファーウェイに基地局を発注して設備投資を安上がりにする程度で、技術的に大きなチャレンジをする計画はなかった。
「仮想化」のアイデアを持ち込んだのはタレックだ。だが、その日の三木谷の話を聞いて一番驚いたのはタレックだった。
三木谷は楽天モバイルがサービスを始める2020年春から、いきなり「全てのネットワークを完全仮想化にする」と言い出したのだ。そんな度胸はタレックにもなかった。
「最初は既存のネットワークを主に、部分的に仮想化を使い、改良を重ねながら徐々に仮想化の部分を増やしていく」
それがタレックの提示したプランである。タレックは助けを求めるように山田や平井の顔を見たが、首をすくめるだけである。(ウチの大将は、一度言い出したら聞かないんだよ)二人の顔はそう語っていた。ちなみに楽天は2011年から社内公用語を英語にしており、すべての会議は英語である。
この日から、3年に及ぶ楽天の壮絶な挑戦が始まった。そして三木谷は賭けに勝った。
完全仮想化のネットワークは500万件近い携帯電話が発する信号を大きな事故もなく処理し続けている。誰もが「無理」と言った完全仮想化に成功したのである。
もちろん、つながりにくいエリアはある。どこかで不測の問題が発生するかもしれない。だがそれは「お金と時間をかければ解決する問題」(三木谷)である。
2021年6月30日、楽天モバイルは世界で最も権威のある携帯見本市「MWC(モバイル・ワールド・コングレス)」がその年に携帯電話の分野で最も革新的な事業を成し遂げた企業に選ぶ「グローバル・モバイル賞」を受賞した。