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三木谷浩史氏が「ファーストペンギン」たる所以 モバイル参入、勝利への道筋

 平井はすぐにインドに飛び、アミンとランチをともにした。

 バルセロナで会った時は上司の前で遠慮していたのかもしれない。今度は平井に向かって、あの時よりはるかに情熱的に仮想化の未来を語った。それは長く通信業界に身を置いてきた平井にとって荒唐無稽に聞こえる内容だったが、話の筋道は通っている。平井は仮想化について熱っぽく語るアミンが、心の内に何らかのストレスを抱えていることを感じ取った。

 それはバルセロナで会った時、三木谷や楽天モバイル社長の山田善久も感じたことだった。

「ひょっとしたら引き抜けるかも」

 だからこそ、わざわざ平井がインドまで会いに行ったのだ。平井はやんわり水を向けた。

「ジオで何か不満があるのか」

 アミンは正直に答えた。

「ジオは素晴らしい会社だ。私の提案でWi-Fiネットワークの仮想化にも成功した。しかし携帯電話ネットワークの仮想化に対しては腰が引けている。アメリカの一人当たりの携帯電話料金は月額55ドル、日本は80ドルだが、インドの人々は1ドルしか払えない。あの国の13億人に携帯電話を行き渡らせるにはネットワークの完全仮想化しかない。それなのに……」

「だったら楽天で思い切りやってみないか」

 平井に誘われたアミンはもう一度、三木谷に会うため日本を訪れる約束をした。しかしこの時点でアミンに、今の厚遇を手放すつもりはなかった。アンバーニに三顧の礼で迎えられたジオでの処遇は悪くない。

 アミンが唱える仮想化には及び腰だが、世界の通信大手の中で技術的に最もアグレッシブな会社であることも疑いはない。何より、楽天という会社については「バルサのスポンサーをしている日本のIT企業」程度しか知らなかった。

 東京・二子玉川の楽天本社を訪れたアミンは、三木谷の前で完全仮想化構想の全貌を披露した。それはこんな内容だった。

【1】他の携帯電話会社が使っているようなネットワーク専用の高価な機器は使わず、ハードウエアは市販のサーバーを使う。
【2】ネットワークのオペレーション(運用)をほぼ自動化し、自律したシステムを構築する。
【3】何百万、何千万という携帯端末とやり取りする信号を、巨大なデータセンターを作って一つのクラウドで処理する。

 それはかつてインターネットの登場でコンピューターの常識がひっくり返ったのと同じように、通信業界の常識を覆すとてつもなく野心的、かつ冒険的な計画だった。かつてアミンからこの構想を聞いた通信業界の大物たちは口を揃えてこう言った。

「面白い話だが、リスクが多すぎる」

 三木谷もきっと同じ反応を示すだろう。アミンはそう考えながら話していたが、今日は相手の反応がいつもと違う。アミンの話が進むにつれ、三木谷の目は爛々と輝き出した。通信の専門家ではない三木谷にアミンの構想の全てが理解できたわけではない。だが、三木谷の中に流れる海賊の血が「これはいける」と沸き立っていた。

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