新しいビジネスを始める時や、全く新しいテクノロジーに出会った時、普通の経営者はリスクの大きさや、失敗した時のダメージを考えて立ち止まる。「できない理由」を探してしまうのだ。
しかし三木谷は違う。「面白い」と思うと、英語で書かれた最新の研究論文を読み、疑問に思ったことはトップレベルの研究者に聞く。短期間に猛烈な勢いで知識を吸収し、成功へのロジックを組み立てる。その道筋が見えた時、三木谷の中から恐れが消える。あとは思い切って飛び込むだけだ。
ベンチャーの世界には「ファーストペンギン」という言葉がある。ペンギンたちが氷の縁から海をのぞいている。海の中には美味しそうな魚がいる。しかし恐ろしいシャチがいるかもしれない。そんな状況で先頭を切って飛び込む。それがファーストペンギンだ。他のペンギンたちはその姿を見てようやく海に入り、おこぼれに与るのだ。ファーストペンギンが現われなかった群れは、氷の上で腹をすかせたまま全滅してしまう。
三木谷はアミンの構想に「勝利への道筋」を見た。その瞬間、新しい技術で携帯ネットワークを構築する冒険への恐れは消し飛んだ。
「タレック、それで行こう! 楽天にきて、それをやってくれ!」
この時のことをアミンはこう述懐する。
「My idea(私のアイデア)がOur idea(我々のアイデア)になった瞬間だった」
アミンがジオから楽天に移ることを決めたもう一つの理由は、楽天の社内公用語が英語だったことだ。完全仮想化を実現するため、アミンは世界各国から優秀なエンジニアを集めた。53ヶ国から集まった外国籍エンジニアは楽天モバイルの開発部門の9割を占める。
開発を進めるにあたり大きな決定をする時も英語だ。アミンはコミュニケーションという意味において、一切のストレスなく完全仮想化の大プロジェクトを推し進めることができた。
(第2回後編に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。
※週刊ポスト2021年8月20日号