大学を卒業したら新卒で会社に入って、定年まで勤め上げる──かつてはそんなキャリアスタイルが当たり前だったかもしれないが、今では働き方も多様になってきている。様々な理由からフリーランスとして働くようになった人も多いだろう。とはいえフリーランスの場合、発注主に対して圧倒的に弱い立場にあるのが現実だ。フリーランス歴20年のネットニュース編集者・中川淳一郎氏が、自身の経験をもとにフリーランスの置かれた立場について、あらためて考察する。
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読売新聞が8月10日に電子版に掲載した〈【独自】口約束で泣き寝入り多発…フリーランスへの業務発注、契約書の作成義務付け事業者拡大〉という記事が、ネット上で多くのフリーランスから反響を呼んでいます。この記事が出た後、ツイッター上ではフリーランスの人々がこれまでに覆された仕事や、突然のギャラ減額などの悲哀を次々と投稿しました。彼らの立場の低さや、安定した会社員が自分らの気持ちを分かってくれないことへの苛立ちも目立ちました。
長年フリーランスで編集・ライター業務を続けている私の場合も、こうした経験は何度もあります。実際、よっぽどの大きな仕事を除き、契約書を交わすケースはほとんどありません。小さい仕事でもコンプラ意識が非常に高い会社とは契約書を交わすケースもありますが、これは少数派です。
仕事の発生の第一歩は、編集部から「おーい、中川君、次の号で映画の企画やるから来月、体を空けておいて」なんてことを言われるところから始まります。
この時に「何ページでギャラはいくらで、納期はいつか、を契約書にしてまとめておいてください」なんて言うフリーはほとんどいないのではないでしょうか。その理由のひとつは、企画がいつ変更されるかが分からないからです。こうした企画の場合、「コロナの感染状況が想定以上に拡大したから、映画みたいな娯楽にかけられるページが少なくなった。別のライターの得意分野であるアニメ映画だけに絞るのでキミの分はなくなった」なんてことも往々にしてあり得ます。
とはいえ、契約書を締結していれば何の問題もないかというと、そんなわけではありません。仮に契約書を盾に「1ページ2万円で4ページって約束でしたよね! 私はあなたが『体を空けておいて』と言うから、いくつかの仕事を断りました。契約書通り、8万円は支払うべきです、エッ!」なんて言ったとしましょう。
すると、発注主の側は内心「うわ、こいつうぜぇ。面倒くさいヤツだ……。どうせライターなんて他にもたくさんいるから次からこいつ外そう」と考えたりします。もしかしたら「手切れ金」として8万円を支払ってくれるかもしれませんが、本音としては「だってしょうがないじゃん……。まさか私だってコロナ感染がここまで拡大するとは思ってなかったんだからさ。企画なんて世間の状況によって変わるものでしょ?」となることでしょう。