昨今、地球温暖化などを背景とする「資本主義」批判がよく聞かれるようになった。富裕層に媚びを売る「資本主義者」の米ドナルド・トランプ元大統領陣営との差別化に都合がよかったという側面もあるのかもしれない。でははたして資本主義は本当に“邪悪”なものなのだろうか。作家・橘玲氏の最新刊『無理ゲー社会』より、「資本主義とはなにか?」についての考察を紹介する。
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資本主義の定義は論者によって千差万別だ。貨幣経済は農業の開始とともに古代メソポタミアで始まったし、江戸時代の日本は高度な商品経済が発達し、大坂・堂島のコメ市場ではデリバティブ取引が行なわれていた。だが一般的には、産業革命による急激な経済成長を背景に、欧米諸国で中央銀行と金融市場、株式会社と株式市場が整備された19世紀以降の市場システムを「資本主義」と呼ぶのだろう。
資本主義の特徴(あるいは欠陥)は「商品化」だとされることもある。モノだけでなく人間(労働者)すらも「商品」にしてしまうというのだが、これは「資本の論理」というよりも政治(友情)空間の貨幣空間への置き換えで説明できるだろう。そこでここでは、資本主義のレバレッジ効果に注目して、それを「夢をかなえるタイムマシン」と考えてみたい。レバレッジというのは、投資の一部を負債(借金)によって賄うことだ。
あなたが「マイホームを買って一国一城の主になる」という夢をもっているとしよう。不動産価格が3000万円で、毎年100万円ずつ貯金していくとすると、夢をかなえるまで30年かかる。ところが「借金」を使えば、2割(600万円)の頭金と35年返済の住宅ローンでいますぐマイホームが手に入る。このように考えれば、金融機関に支払うローンの金利は、「(時間を超えて夢を実現する)タイムマシンの乗車賃」だ。
ここから、なぜ資本主義(高度に発達した金融市場)が世界じゅうに広がっていったのかがわかる。それは「夢をかなえたい(自己実現したい)」と願うひとたちにとって、ものすごく魅力的なシステムなのだ。
とはいえこれは、「負債は無条件によいもの」ということではない。そもそも標準的な資産運用理論では、リスク耐性の低い個人は借金を避け、投資対象を広く分散するのが大原則だ(タマゴをひとつのカゴに盛るな)。ところがマイホームという「不動産投資」では、頭金としてすべての貯金をはたいたうえに、特定の不動産に5倍(しばしばそれ以上)ものレバレッジをかけて投資する(「頭金ゼロ」のマイホーム購入ではレバレッジ率は無限大だ)。
それに比べて、リスキーな投資の代表で「素人はぜったいに手を出してはならない」とされる株式の信用取引のレバレッジ率は最大3.3倍で、複数の株式に分散投資することもできる。ファイナンス理論的には、住宅ローンを使ったマイホームの購入は株の信用取引よりずっとリスクが高く、それを正当化することは難しい。