それに対して資本は元本を返済する必要がなく、利益を均等に株主に分配するだけでいい(利益が出なければ配当の必要もない)。これは借り手(経営者)にものすごく有利な取引なので、その代わりに貸し手=株主は(出資金を上限とする)有限の責任しか負わず、会社・事業の「所有者」として運営にかかわる権利が与えられる。
だがこれでも、投資家はハイリスクの事業に出資するのを躊躇するだろう。そこで、株主の権利を市場で売買できるようにした。これが株式市場で、リスクを分散して事業に投資するだけでなく、権利を売却して投資を回収できるようになったことで、株式会社のファイナンスは飛躍的に拡大した。
ベンチャービジネスでは、この2つのレバレッジシステムを最大限活用している。アイデア以外なにもない無一文の起業家でも、ハイリスク・ハイリターンを好むエンジェル投資家(ベンチャーファンド)を見つければ資本金を確保でき(最近ではクラウドファンディングで集め)、事業が軌道に乗れば、新株発行(エクイティ・ファイナンス)だけでなく、融資や社債発行(デット・ファイナンス)でさらに大きな資金を調達できる。
こうした仕組みなしに、事業運営をすべて自己資金でやらなければならないとしたら、イーロン・マスクがロケットを宇宙に飛ばしたり、電気自動車を走らせるまでに数千年かかるだろう。このように資本主義のシステムは、庶民の「夢」をかなえるだけでなく、才能あふれる(だが資金はない)起業家の「野望」を実現する超高性能のタイムマシンでもある。
未来を先取りする資本主義の「タイムマシン効果」によって、産業革命以降、人類の1人あたり所得は爆発的に増えた(図表10)。もしも資本主義がなかったら、わたしたちはいまだに中世の世界に暮らし、人生の大半を農漁業や牧畜に費やし、飢饉・感染症に怯え、生まれた子どもの多くは1歳の誕生日を迎えることができなかっただろう。
資本主義のレバレッジシステム(夢をかなえるタイムマシン)は、総体としては人類にとてつもない恩恵をもたらした。それを“邪悪”なものとして否定するのは、控えめにいってもバカげている。
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。その他の著書に『上級国民/下級国民』『スピリチュアルズ「わたし」の謎』など。リベラル化する社会の光と影を描いた最新刊『無理ゲー社会』が話題に。
※橘玲・著『無理ゲー社会』(小学館新書)より抜粋して再構成