米国の新興衛星通信事業者AST&サイエンスとの協業で、高度約730㎞の低軌道に人工衛星を打ち上げ、通常のスマートフォンで直接通信できるようにする。衛星電話は昔からあったが、高価な専用基地局と端末が必要だ。人工衛星と普通の携帯電話で直接通信できるサービスは過去に例がない。
ASTの創業者、アベル・アベランはベネズエラで生まれ同国のシモン・ボリバル大学を卒業したあと、米国に渡って人工衛星ビジネスの世界に入った。大手衛星通信会社を渡り歩いたあと、AST&サイエンスを設立する。
アベランが挑戦するまで低軌道とはいえ730km離れた衛星がスマホの微弱な電波をキャッチするのは「不可能だ」と考えられてきた。イーロン・マスクが率いる米SpaceX(スペースX)の巨大通信衛星網「スターリンク」や、ソフトバンクが提携する英ワンウェブなどは、衛星通信専用の周波数帯と専用端末を使う。しかし、これではコストが高くつく。
アベランは全長24mもの巨大なアンテナを宇宙に浮かべることで、地上にある携帯電話の微弱な電波を拾うことを思いついた。
このとてつもないベネズエラ人(現在、国籍はアメリカ)と三木谷はすぐに意気投合し、楽天は2020年、ASTに出資した。
「宇宙って言うと大袈裟に聞こえるけど、電波にとって700kmなんて目と鼻の先。宇宙から電波を降らせば、遮る建物はないからね」
このプロジェクトが成功すれば日本列島をすっぽり覆う面積カバー率100%のネットワークが完成する。楽天とASTは年末にも日本での実証実験を予定している。地上にアンテナを張り巡らし、宇宙に衛星を上げるにはとにかく金がかかる。3月12日、楽天は「第三者割当増資で2423億円を調達する」と発表した。
これが思わぬ波紋を呼ぶ。出資者の中に中国ITのジャイアント、テンセント・グループの子会社が入っていたものだから「経済安全保障」を唱える人々が「中国に情報が漏れる」と騒ぎ始めたのだ。
テンセントの楽天への出資比率は3.65%。この程度の出資比率で経営に介入できるようなら、世界中の企業がアクティビスト(物言う株主)の言いなりだし、あらゆる企業が簡単に中国に支配されてしまうだろう。「テンセントが楽天の顧客情報を盗む」と騒ぐのは、ビジネスの現場を知らなすぎる論調だ。テンセントの目的は楽天の株価が上がったところで売り抜けて利益を出すことだろう。つまり単なる「投資」である。
テンセント以外の出資者は日本郵政と小売の世界最大手ウォルマート。出資が決まった時、三木谷は「日米中の巨大企業が楽天の将来性を買って投資してくれた」と誇らしげに語っている。
「日米両政府が楽天・テンセントの動向を共同監視する」という報道が出た時には、三木谷はキョトンとしていた。実際には監視と言っても楽天が定期的に政府にレポートを出す程度なので、ビジネスに影響はなさそうだ。
何か新しいことをするたびに世間に叩かれ、泥にまみれて匍匐前進しながら、衛星を見上げる。そんなヒリつく日々を三木谷は「楽しい」と言う。その生き様は起業家そのものである。
孫正義にも、かつてそんな日々があった。
(第5回後編に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て16年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。
※週刊ポスト2021年9月17・24日号