そもそも今のワクチン接種体制は、すべてがアナログだ。紙の接種券と予診票は3枚綴りの複写で手書きしなければならず、接種済証はただのシールである。海外との往来時に利用できる「ワクチンパスポート(接種証明書)」も自治体の窓口や郵送での申請が必要で、やはり紙で発行される。DX(デジタルトランスフォーメーション)時代にそうしたアナログな方法を使っているのは戦時中の竹槍訓練と同じであり、コロナとの戦いに勝てるわけがない。
これほどお粗末な状況になっている理由は結局、個人と国家がデジタルで直接つながっていないからである。本連載で何度も指摘してきたように、国民データベースさえあれば、アベノマスクの配布も、特別定額給付金10万円の給付も、感染者の把握も、ワクチン接種の問題も、すべて簡単に解決していた。コロナ禍は国民データベースを構築する大きなチャンスだったのに、菅政権はそれを逃してしまった。
国民データベースを作っても高齢者などのデジタル弱者は取り残されるという指摘もあるが、中国ではスマホ社会になって大半の国民が一気にデジタル化した。インドは生体認証による国民ID制度「アーダール」を1年半で作り上げ、人口13億7000万人のほとんどが登録している。
一方、日本はコロナ発生から1年半以上が過ぎても、何ら変わっていない。菅首相肝煎りの「デジタル庁」はスタートから泥縄式で、事務方トップのデジタル監の人事が発足直前まで決まらないという体たらくだ。
側近・子飼いの政治家や官僚の人脈に頼る“アナログ脳”の政府では、コロナを克服することはできない。新しいリーダーのもとで、日本という国のDXを断行しない限り、「コロナ敗戦」から立ち直れないだろう。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『大前研一 世界の潮流2021~22』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』等、著書多数。
※週刊ポスト2021年10月1日号