その頃を思い出すのかどうか、口には出さないけれど、「自分がしたことは自分がされても仕方がない」と施設行きを納得しようとしているのが、横で寝ている私には痛いほどよくわかるのよね。その一方で、自殺をほのめかしてでも自宅にしがみつきたい。私が「高血圧の薬をのんでいるから、古い実家の寒暖の差が体にこたえる」と訴えても聞こえないふりだ。
施設入所の前夜、またゴネだしたので、「死ぬ死ぬって、孫や子供のことはどうでもいいんだな!」と言うと、「そうだよ。人のことなんちゃ、どうだってかまねよ」と怒鳴り返してきた。これ、93才の足腰の不自由になった母親の本音とみたね。
誰かが日なたの道を歩くとき、必ず日陰に追いやられる人がいる。誰かを押しのける。介護に疲れて私の羅針盤が壊れたのかしら。そんなことばかり考えている。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2022年1月6日・13日号