「過労死ライン」の4倍を超える月327時間の残業
「職業は収入、学歴と並ぶ代表的な社会階層の指標です。どのような職業に就いているかで健康問題に格差が生じることが、これまで継続的に確認されています」
そう語るのは、北里大学医学部公衆衛生学単位の堤明純さん。これまで職業による健康格差は、「専門職・経営者・管理職/熟練労働者/半・非熟練労働者」「ホワイトカラー/ブルーカラー」などの区別を用いて論じられてきた。ホワイトカラーとはワイシャツの「白い襟」を意味しており、ブルーカラーは「青い襟」、すなわち「作業服」を示している。
「以前は騒音や有害物質などの労働環境や、喫煙率や運動不足などの要因がホワイトカラーとブルーカラーの健康格差を説明するとされました。しかし昨今は、“裁量がない”“頑張っているのに、報われない”といった心理的な要因が、労働者の健康格差に影響するという考えも注目されています」(堤さん)
労働者保護の現場にも変化が起きた。昨年9月、厚労省は20年ぶりに脳・心臓疾患の労災認定基準を改定した。従来は脳・心臓疾患を発症する直前の1か月間で100時間、または、2~6か月間で平均80時間以上の残業という労働時間の認定基準があったが、新基準ではその残業時間に達しなくても、「休日のない連続勤務」「勤務間インターバルが短い勤務」といった労働時間以外の要因を労災認定の際に考慮することになった。
「過労死ライン」と呼ばれる月80時間の残業に達しなくても労災を認定することで、激務にあえぐ働き手を保護しようとの試みである。しかし現実には、いまも多くの職場で大幅な過労死ライン超えがなされている。
そうした職場の1つが「学校」だ。日本教職員組合が昨年の夏にインターネットで小、中、高校の教員約7000人を調査したところ、時間外労働の平均はひと月あたり「小学校90時間16分」「中学校120時間12分」「高校83時間32分」となった。また、1日の休憩時間の平均は「小学校11.7分」「中学校15.5分」と極端に少なく、小中学校の教師の3人に1人が「0分」と回答した。
新型コロナウイルスの流行により、「保健所」も過重労働となった。中日新聞が長野県内の保健所を調べたところ、第5波が到来した昨年夏は、上田保健所(8月)の時間外労働時間が231時間を超え、松本市保健所(7月)も177時間オーバーだった。
同じく、「病院」も激務を強いられた。新型コロナの流行が始まった2020年、感染症指定医療機関である東京都立駒込病院の感染症科に勤務する医師の残業は4か月で1180時間を超えて、2020年5月はひと月で327時間に達した。過労死ラインの4倍を超える時間外労働は尋常ではない。