〈わたしたちは、何度でも起き上がる〉――。元日の日経新聞に掲載されたアシックスの全面広告のコピーだ。シェアを奪われた日本のスポーツ用品メーカー最大手が、反撃の狼煙をあげた。
正月の風物詩である箱根駅伝の選手たちの“足元”には、この数年で大きな異変が起きていた。
2017年の箱根駅伝は、210人の出場選手のうちアシックスを使用するのが67人と、シェア3割超のトップだった。それが“ナイキ厚底シューズ”の登場で大きく変わった。ナイキが高反発で厚いソール(靴底)の「ズームヴェイパーフライ4%」を開発し、選手が好記録を連発。翌2018年から箱根駅伝の選手でもナイキの使用率が一気に伸びた。
昨年の箱根では、出場選手の95.7%にあたる201人がナイキのシューズを採用。アシックスは「ゼロ」に――。
早稲田大の臙脂のユニフォームをはじめ、アシックスは複数のチームにウエアを提供するが、そうした大学の選手もナイキのシューズを選ぶという屈辱的な事態だった。
しかし、である。この時点でアシックスはすでに、新シューズ「メタスピード」の開発に動き出していた。同社の開発担当者が説明する。
「2020年1月より社長直轄のプロジェクトチームが発足し、首位奪還を目指して活動してきました。プロジェクトは『C-Project』と呼ばれ、『C』は『頂上』の頭文字を表わしています。
革新的なシューズを開発するために、研究部門、開発部門、マーケティング部門、また特許を扱う法務部門もプロジェクトに参画し、部署横断型のチームを結成しました。普段よりも短期間に多くのサンプリングを実施し、アスリートからのフィードバックを得ました」
それだけシューズの開発は急務だった。「Cプロジェクト」を取材してきたスポーツライターの酒井政人氏が言う。
「トップ選手がアシックスのシューズを選んでいることは、宣伝のうえでも非常に重要です。かつて、瀬古利彦、宗茂・猛兄弟、有森裕子、高橋尚子らマラソン日本代表がアシックスのシューズで世界を舞台に戦いました。それが昨年の東京五輪では大迫傑ら日本代表も揃ってナイキを選んだ。タイムが向上する以上、選手の選択を縛ることは難しい。その状況を打開するためのプロジェクトだったのです」