もう一方のピッチ型は、ストライドが大きくなりすぎるとピッチが狂うので、ある程度ソールの厚みを抑えた形状の設計になったという。
「アスリートがシューズに合わせるのではなく、シューズがアスリートのスタイルに寄り添うことで、最大限にパフォーマンスを発揮できるようになりました」(同前)というアシックスの考え方は、「ナイキの厚底シューズが“選手が靴に合わせた走り方をする”ことを求めたのとは対照的」(酒井氏)だった。
手応えが感じられたのは、昨年2月のびわ湖毎日マラソン。4度の世界陸上代表を経験した川内優輝が「メタスピード」のプロトタイプ(試作品)で、自己ベストを更新する2時間7分27秒でゴールしたのだ。
「33歳になり、最近は2時間10分がなかなか切れなかった川内選手が8年ぶりに自己ベストを更新したインパクトは大きかった」(酒井氏)
その後もアシックスのシューズで自己ベストを更新する選手が続き、同社によれば「現時点で把握できている限り、世界各国のレースにおいて197ものパーソナルベストが生まれた」(広報部)という。
今年の箱根駅伝では24人がアシックスのシューズを採用。まだ7割超がナイキを選んだとはいえ、昨年の“屈辱のゼロ”から大きく回復した。
アシックスの足元の業績は好調だ。2021年12月期の業績は売上高3950億円という大幅な増収を見込んでいる。「今夏の米オレゴンでの世界陸上でアシックスを使う選手が活躍すれば、注目はさらに高まるでしょう」(酒井氏)と期待される。
元日の全面広告には、こんな文言があった。〈負けっぱなしで終われるか〉──。世界最強のスポーツ用品メーカーへの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
※週刊ポスト2022年1月28日号