長い刑事人生で忘れられない検視もある。ある時、若い母親が赤ちゃんをマンションから突き落とし、自身も飛び降りて心中する事件が起きた。
赤ちゃんの遺体は軽く手を触れただけで全身の骨がバラバラになっていることがわかった。何の罪もない愛らしい顔が蒼白になり、その頬には目から流れる一筋の涙が乾いた痕があった。
「母親に屋上から落とされる時に、目を覚まして泣いたものと思料される……」
検視の所見を述べる検視係の声が詰まり、気がついたら霊安室にいる刑事全員が号泣していた。後にも先にも検視の時にワシが泣いたのはこの時だけや。
殺人事件の検視をする際、ワシは必ず両手を合わせて、「犯人を絶対に逮捕して謝罪させます」と心に誓っていた。確かに刑事は厳しい仕事だが、ワシは遺体と対面するたびに刑事魂を燃やしていたんや。ほなっ、また!
【プロフィール】
秋山博康(あきやま・ひろやす)/1960年7月、徳島県生まれ。1979年、徳島県警察採用。交番勤務、機動隊を経て刑事畑を歩む。県警本部長賞、警視総監賞ほか受賞多数。退職後は犯罪コメンテーターとして活動。YouTube「リーゼント刑事・秋山博康チャンネル」が話題。
※週刊ポスト2022年2月4日号