人間の行動は必ずしも合理的ではない。人は誰しも先入観や思い込みゆえ、正しくない行動をしてしまうことがある。伝統的な経済学ではうまく説明できなかった社会現象や経済行動を、人間行動の観察や実験を通してとらえようとするのが「行動経済学」だ。貯金の習慣がなく、貯金ゼロ状態が続いている、女性セブンの名物ライター・野原広子さん(64才。通称・オバ記者)の行動を、行動経済学者の橋本之克さんがひもとく。【全4回の第1回】
【Q:オバ記者の疑問】
私は最近、ペットボトルの水を70円で買っていて、ずいぶん得してると思っているけど、ホントかしら?
オバ記者:私はいま衆議院議員会館内にある議員事務所でアルバイトをしているんですけど、国会議事堂の付随施設にある自動販売機はミネラルウオーターのペットボトルが70円で売っているの。
橋本さん:「1本100円」というイメージがあるから安く感じますね。
オバ記者:でしょ。通常より30円も安い。ほかにないでしょ、こんなに安い自販機。……でもね、ふと思うの。私が子供の頃はそもそも、水はタダ同然だった。水道の蛇口をひねれば出てくるもので、水にお金を払うなんて考えもしなかったわよ。
だから、水がペットボトルに入って100円で売り出されたときには、誰がこんなものを買うの?って信じられなかった。それがいまや、100円するのは当然で、70円だとずいぶん安く感じてしまう。これって、どういうことなのかしら?
橋本さん:なるほど。その疑問、よくわかります。商品の値付けに関して、行動経済学では「アンカリング効果」という言葉がよく出てくるんですけど……たとえば、ある商品の値札で、1000円という価格に赤い線が引かれ、その上に980円と書いてあったら、わずか20円の値引きであっても「安い」と感じませんか?
オバ記者:そうねぇ。たしかに、20円の値引きでもちょっと得した気持ちになるわね。
橋本さん:人は最初に提示された数字や情報をまず基準とし、その基準をもとに物事をジャッジするようになるものなんです。船の錨のことを英語で「アンカー」といいますが、船が錨を水中に沈めて停泊位置を固定するように、最初の基準を固定する行為を「アンカリング」といいます。先の例で言えば、1000円にアンカリングされた気持ちがあるから980円がお得に思えるんです。