人は常に合理的な行動をとるとは限らず、時に説明のつかない行動に出るもの。そんな“ありのままの人間”が動かす経済や金融の実態を読み解くのが「行動経済学」だ。今起きている旬なニュースを切り取り、その背景や人々の心理を、行動経済学の第一人者である多摩大学特別招聘教授・真壁昭夫氏が解説するシリーズ「行動経済学で読み解く金融市場の今」。第34回は、ロシアのウクライナ侵攻が及ぼす世界経済への影響について。
* * *
ロシアのウクライナ侵攻によって、ロシア経済が世界から分断される動きが顕著になっている。ロシア中央銀行の資産は凍結され、主要銀行は国際的な銀行ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からも排除。マクドナルドやアップルをはじめロシアから撤退する外国企業も相次いでいる。
はたして、こうした動きは一過性のものなのだろうか。そうではなく、世界経済の仕組みが大きく転換する“パラダイムシフト”が始まったと見ることもできるのではないか。
1990年代以降、新興国やかつて社会主義体制だった国々が自由資本主義体制へ転換するなど、グローバル化が加速。国境をまたいだサプライチェーン(供給網)の発展によって世界中が安くモノを調達できるようになり、過度なインフレを招くことなく、安定した緩やかな成長を遂げてきた。それは2000年代初頭のITバブル崩壊、2008年のリーマン・ショックなどを経ても大きく変わることはなく、世界はグローバル化に支えられた「低インフレと緩やかな成長」を享受してきた。
ところが、原油や天然ガスなどの資源国であるロシアが分断されたことで、世界のサプライチェーンは寸断。世界経済はグローバル化とは反対の「ブロック化」に一気に舵を切りつつある。原油や天然ガスといった資源価格をはじめ、あらゆるモノが値上がりするのは必至の情勢だろう。ブロック化によって「物価上昇と成長率低下」が進む時代が到来し、これまでの経済環境から大きく変わりつつあるのだ。
それは金融市場にも大きな影響を及ぼすことになるだろう。まずは、ロシア国債のデフォルト(債務不履行)危機である。目先では、相次いで期限を迎えるロシア国債の利払いを自国通貨ルーブルで賄おうとしているが、中央銀行の資産が凍結されていることから、この先利払いに回せる資産が枯渇する危険性が常につきまとう。
問題は国債だけにとどまらない。天然ガス独占企業のガスプロムやロシアの最大手銀行ズベルバンクなど、ロシアの有力企業の外貨建て社債は総額約1500億ドル(約18兆5300億円)にものぼる。こうした外貨建て債務には、ひとつの債務がデフォルトになった場合、他の債務もデフォルトとみなされる「クロスデフォルト条項」が適用され、ロシア国債のデフォルト危機がロシア企業の社債にも連鎖する可能性があるのだ。そうなれば、1998年のロシア危機(ルーブルの暴落やルーブル建て国債の一部デフォルト)に匹敵する事態となるだろう。