中川淳一郎のビールと仕事がある幸せ

叩き上げの80代居酒屋経営者が新米社会人たちに伝えた「ビジネスの肝要」

 こうした助言を「ブラック、パワハラだ!」と感じる方もいるかもしれませんが、T氏の考え方は、「どうせ新入社員なんて、何もできない。仕事の評価はまだされないが、そうやって誰もしないようなことをするだけでお前の名前だけは覚えてもらえる。最初だけでもそれをやっておけば、周囲の社員から『他の新入社員とは違う』と思ってもらえて、結果的に会社人生にプラスに作用する」というもの。ビジネスでは、地道な努力と人と人のつながりが大切だということを伝えたかったのです。

 甥はこの教えを守り、新入社員の時代から上司・先輩たちに目を掛けてもらえるようになり、そのまま会社で出世していったようです。きちんと実践した甥もすごい。

「結婚式場を見ればサービスのすべてがわかる」

 そして、別の甥は、サービス業を勉強したいと考えていたのですが、そこでもT氏のアドバイスがありました。T氏は「結婚式場を見ろ。そうするとサービスの全てがわかる」と言いました。

 たしかに結婚式場はおもてなしの心が詰まった場所です。主役の新郎新婦だけでなく、家族・同僚・友人ら列席者たち全員に満足してもらえる空間をプロデュースしなければなりません。居酒屋経営という同じサービス業に携わる者として、結婚式場の本質を見抜いていたのでしょう。

 彼はこの助言を聞き入れ、名だたる結婚式場で1年ずつ働き(しかも全国各地)、サービスの本質を学んだとのことです。様々な一流の結婚式場で鍛え上げられ、今では有名企業の管理職として、多数の部下を抱えるようになりました。この甥もやはりすごい。

 とはいえ、一番すごいのは、山形から一人出てきて、渋谷で複数の居酒屋を経営するまでに至ったT氏でしょう。T氏の経営手法や言葉には、ビジネスで大切なことがたくさん詰まっているように思います。こういう人が成功するんですよね。

【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『炎上するバカさせるバカ 負のネット言論史』(小学館新書)。

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