真壁昭夫 行動経済学で読み解く金融市場の今

為替介入でも円安が止まらないドル円相場 円高反転の契機となり得る2つの要因

政府・日銀による円買い介入直後のドル円レート(外為どっとコム。時事通信フォト)

政府・日銀による円買い介入直後のドル円レート(外為どっとコム。時事通信フォト)

当面のドル円相場は「140~145円」のボックス圏か

 なにより注目しておきたいのは、金融引き締めに舵を切ったFRBのパウエル議長のスタンスだ。利上げについてパウエル議長は「ソフト・ランディング」ではなく、「ソフティッシュ・ランディング」という言葉を使っている。「ソフト」なら景気が悪化しないようにしつつ引き締めを進めることを意味するが、「ソフティッシュ」はたとえ景気が悪化してもインフレ退治をする決意表明である。つまり、株安や景気悪化を招いてでもインフレ退治のために金融引き締めを断行する「タカ派」の姿勢を鮮明にしたも同然なのだ。

 それまで投機筋をはじめ投資家の間では、「FRBは利上げしても景気は悪化させないだろう」と高をくくっていたのではないか。これこそ行動経済学でいう「アンカーリング」である。船が海流に流されないようにアンカー(錨)をおろすように、印象深い情報が海底におろされたアンカーのように心の働きをコントロールするのだ。

 ところが、6月のFOMC(連邦公開市場委員会)に続き、9月にも0.75%の利上げに踏み切ったように、FRBは景気よりもインフレ退治を最優先させる姿勢を鮮明にしている。だとすれば、いつまでも「アンカーリング」に支配されるのではなく、最新の情報で判断する「親近効果」を働かせた方がよほど賢明かもしれない。

 そのような行動経済学の視点に立てば、為替の動向も見えてくるのではないか。今回の為替介入によって、当面のドル円相場は「140~145円」のボックス圏で推移する可能性が濃厚と見られているが、むしろ「タカ派」であるFRBのことを考えれば、この先、147円を超えるような円安になってもおかしくないだろう。

 ただし、為替相場はそう単純な世界ではない。

 かつて1997~98年にかけて、ドル円相場が1ドル=147円台をつけた時に政府・日銀は円買いの単独介入に踏み切ったが、その効果はすぐに薄れた。そのまま円安が進むかと思われたところにロシアのルーブル危機が浮上。事実上のデフォルト(債務不履行)に陥ったことで、世界の潮流が反転。ドル円相場は1ドル=114円台まで一気に33円もの円高が進んだのだ。

 今後を考えていくと、円安から円高に反転させる可能性のある要因は大きく2つある。1つは、今後11~12月にかけて日銀の次期総裁人事の注目が高まり、総裁交代後を見通して日米金利差が縮小する可能性を織り込んでくるかもしれない。もう1つは、米国株の急落である。特に10月は1987年にブラックマンデーに見舞われたように、株価が激変しやすい月でもある。展開次第だが、米国株の動向、あるいは日銀次期総裁人事によっては円安が反転してドル安円高に振れる可能性もゼロではない。

【プロフィール】
真壁昭夫(まかべ・あきお)/1953年神奈川県生まれ。多摩大学特別招聘教授。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリルリンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学教授、法政大学大学院教授などを経て、2022年4月から現職。「行動経済学会」創設メンバー。脳科学者・中野信子氏との共著『脳のアクセルとブレーキの取扱説明書 脳科学と行動経済学が導く「上品」な成功戦略』など著書多数。近著に『ゲームチェンジ日本』(MdN新書)。

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