大前研一「ビジネス新大陸」の歩き方

ガソリン、電気代、旅行支援… 岸田政権のバラマキ政策が“さもしい日本人”を増やす

自立できない国民を増やすだけ

 岸田政権のリスキリング支援が根本的に間違っているのは、その政策を行なう目的や意義を理解せず、ただ表面上を取り繕って看板を掲げ、安易に補助金をバラ撒こうとしていることだ。

 私自身、「BBT(ビジネス・ブレークスルー)大学・大学院」を創設してリスキリング教育・リカレント(社会人になっても、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくこと)教育を続けてきたが、社会人が大学院でMBA(経営学修士)を取得する場合、厚生労働省の「専門実践教育訓練給付金」を申請すれば、受講費用の50%(年間40万円が上限)の補助を受けることができる。

 だが、BBT大学院に入る学生のほとんどはこの制度を利用していない。なぜか? 入学動機が「MBAブームだから」「会社で箔を付けたいから」といった薄っぺらなものではなく、学び直して自分の能力を高めたいと本気で考えているからだ。自立に懸ける気合が違うのだ。そもそも「国に補助してもらえるから受講しよう」という甘い考えではBBT大学院の厳しい講義にはついていけないし、気合が入ったクラスメートとの対話も成り立たない。

 問題はリスキリング支援だけではない。岸田政権は、とにかく何でもかんでも補助金、補助金である。

 たとえば、ガソリン補助金は12月末分まで措置した予算額が累計3兆円を超えている。さらに、10月28日に閣議決定した総合経済対策には来年1月から来年度前半にかけてガソリン・電気・ガス料金を抑制するための補助金が目玉として盛り込まれた。その総額は防衛費(約5.5兆円)を超える6兆円、平均的な家庭で1世帯あたり4万5000円になるというが、この予算規模は尋常ではない。

 もちろん、新型コロナ禍や円安による物価高で国民の生活は苦しくなっているから、それに対する支援は必要だ。しかし、政府・日本銀行が事実上の財政ファイナンス(政府が発行した国債を中央銀行が通貨を増発して直接引き受けること)を行ない、輪転機を回して刷った「借金」で補助するというのは、愚の骨頂である。企業に収益を上げさせることで増えた法人税や、労働生産性が向上した社員の給料が上がることで増えた所得税を財源にするのが本筋だ。

「全国旅行支援」にいたっては、時間と懐に余裕がある人だけが恩恵に与れる極めて不公平な補助金だ。しかも、実施期間が終了したら旅行需要は激減し、関連業界にはマイナスの影響しか残らないと思う。

 補助金は自立・自活できない“さもしい日本人”を増やすだけである。そして岸田政権のリスキリング支援では「第4の波」に必要な人材は育たない。企業は労働生産性が低いままで成長できず、したがって給料も上げられず、日本経済はますますシュリンクしていくという悪循環に陥るだろう。岸田首相の「新しい資本主義=成長と分配の好循環」は絵に描いた餅なのだ。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。

※週刊ポスト2022年11月18・25日号

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