12月26日、東京五輪をめぐる汚職事件で、受託収賄罪で起訴された大会組織委員会元理事の高橋治之被告が東京拘置所から保釈された。保釈保証金は8000万円で、全額が即日納付された。公判の動向に注目が集まる中、改めてクローズアップされているのが、高橋被告を人脈面や資金面で支えたとされる弟の存在である。(文中敬称略)
リゾート開発会社イ・アイ・イを率いた「環太平洋のリゾート王」高橋治則は、後年、「長銀(日本長期信用銀行)をつぶした男」との汚名に塗れたが、2005年に亡くなるまで生涯にわたり兄を支え続けたという。その高橋が後ろ盾にしたのが、政界人脈では山口敏夫・元労相であり、資金面では街金融アイチを率いた森下安道だった。ノンフィクション作家・森功氏が上梓した『バブルの王様 森下安道 日本を操った地下金融』より、山口自身の証言を辿る。
「俺と高橋(治則)は同じ麹町三番町マンションに住む、いわばお隣さんだったからね。俺が新自由クラブの選挙でアイチの森下(安道)さんに支援をお願いし借金したあと、彼が面倒を見てくれたんだ。だから高橋と森下さんとも、古い付き合いだ。高橋は『山口先生、お金は借りた人間より、貸した人間の負けなんだ』って言ってました。それで、毎回、アイチの手形の決済期限が来ると、ジャンプ(決済時期を延期する書き換え)する手続きをしてくれたんだ。俺はその頃、ジャンプという言葉も知らなかったくらいで、高橋が私を車に乗せて(森下の住む)田園調布の大邸宅に連れて行ってくれた。そこで高橋が、『山口先生は選挙で勝ったので逃げるわけじゃないし、まだ返せる状態じゃないから決済を待ってやってほしい』と森下さんを説得してくれてね。その話しぶりが実に上手いんだよ、あれはカネを借りる天才だな」
この話通りなら森下と高橋との付き合いは、実に35年近くにおよぶことになる。山口が思い起こした。
「初めは『手形で借金できるなんて、こんな便利なものはないからお前もどうだ』と高橋を森下さんのところへ連れて行って紹介したんだ。でも高橋は、『先生は政治家だから、こういうカネを触ってもいいけど、われわれがこんなカネを使ったら、一丁前の事業家になれないんですよ』ともっともらしいことを言っていた。だから、長銀(日本長期信用銀行)をつぶしたあたりまでは、森下さんから資金を借りたことはなかったんじゃないかな。長銀がいくらでも貸してくれていたから、その必要もないしね」
森下と高橋は山口の手形借入の決済を巡って話し合いをするうち、親しくなっていったという。アイチに対する山口の借金返済方法まで考えてくれた、と山口は高橋に感謝した。