年末年始は動画配信サービスやDVDで映画を楽しんだという人も多いかもしれない。時間があるときだからこそ、映画封切り当初にはその魅力に気づかなかったような作品に出会うこともあるのではないだろうか。そうしたなかで、金融・経済を題材にした小説『エアー3.0』を執筆する小説家・榎本憲男氏が、「いまあらためて見たい作品」として注目するのは、2018年に公開された韓国映画『国家が破産する日』だ(日本公開は2019年)。同映画は、1997年のアジア通貨危機時に韓国経済が置かれていた状況を克明に描いており、なぜ金融危機が起こるのか、通貨危機の本質とはなにか、を考えるきっかけになるだろう。日本にもいつ襲ってくるかわからない金融危機にどう備えるか、榎本氏が考察する。
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以前書いたコラム(岸田首相が「新しい資本主義」で脱却目指す「新自由主義」とは何か? 「市場を信頼する」是非を考える)で、主流派経済学は「ほったらかしがいい、市場にまかせたほうが万事うまくいく」という信念を是とするためにはどんな屁理屈もこねると述べたが、それだけでは収まらずに、相当なことを実行さえする例がある。このことを説明するのにうってつけの映画がある。韓国映画『国家が破産する日』(2018年/監督:チェ・グクヒ、脚本:オム・ソンミン)だ。
先に断っておくが、このコラムの映画紹介にはネタバレがある。ただ、このコラムを読むのは映画を見た後にする必要はさほどない。本コラムを先に読んでも、映画が面白くなくなるというわけではないと思う。なぜなら『国家が破産する日』は事実をもとにしたフィクションで、韓国が経済的に破綻したのは事実なのだから、大きな物語の流れは決まっている。ネタバレもなにもないのである。では、まずはあらすじを紹介してみよう。
1997年、韓国は急に借金の返済に迫られ窮地に追い込まれる。そのときに、「よろしい助けて上げよう」という声をかけられるのだが、ヒロイン(韓国銀行の通貨政策チーム長)は、これは救いの手ではなく支配しようとする魔の手だと察知する。そして、その手を払いのけようとするのだが、最終的には屈服させられる。──ざっとこういうストーリーだ。では次はもうすこし細かく見ていこう。
冒頭、急速な経済成長を遂げている1997年の韓国社会が軽快な音楽とともにモンタージュシークエンスで描かれる。前年にOECD(経済協力開発機構) への加盟が決まり、名実ともに先進諸国の仲間入りだと自信をつけ、未来に向かって明るい展望を抱いている韓国社会が短いショットの連鎖で力強く表現される。しかし突然、カメラはアメリカの金融機関、モルガン・スタンレーに切り替わり、ひとりのトレーダーが顧客に一斉メールを出す。「韓国から離れろ」と。これは「資金を引き揚げろ」の意味だ。
経済学の2大潮流、マネタリズムもケインズ主義も、どちらも市場に流れるお金の量がきわめて重要だという認識に立っている。お金は国や社会を流れる血のようなものだ。それが急に抜かれたりすれば、国も社会も貧血になって倒れてしまうだろう。
このように韓国から急に引き揚げられたお金は、海外(主としてアメリカ)から注入されたお金だった。物語が描く1997年は、このような現象が、タイをきっかけに東アジア各地で立て続けに起こった年だった。これが「アジア通貨危機」である。