ネットの発達により、全国各地の名物グルメが自宅に居ながらにして味わえる時代になった。コロナによる外出自粛もあり、自宅で“お取り寄せグルメ”を楽しむ家庭も多いのではないだろうか。そうした中で、全国には注文から到着まで数年もの期間を要する“幻の逸品”が存在する。5月10日発売の『週刊ポスト』では、日本各地の「長待ちお取り寄せグルメ」を紹介。なお、いまから注文してもGWには間に合わないので悪しからず――。
「全国から注文が殺到し、現時点では、お届けまで17年以上かかる見通しです」
そう話すのは、「北鎌倉 天使のパン・ケーキGateau d’ange」(神奈川県)の宇佐美総子さん。夫で店主の多以良泉己さんは、元競輪選手だ。泉己さんに転機が訪れたのは2005年、レース中の事故で脊髄と頸椎、脳を損傷し、一時は命が危ぶまれる状態に陥った。
「事故が起きたのは結婚から5か月後のこと。医師からは『一生歩けない』と言われました」(総子さん)
その後、奇跡的に歩行が可能になるまで回復した泉己さんだが、体はこれまでのように動かない。先の見えないリハビリ生活の中で始めたのが、子供のころから得意としていたお菓子作りと、「生地をこねる作業がリハビリに効果的」と医師から勧められたパン作りだった。
思うように体は動かないが、ミキサーなどの機械は一切使わず「手作り」にこだわった。寝る間も惜しみ、試行錯誤の末に完成したケーキやパンをイベント会場で販売すると、たちまち口コミで話題に。2008年にネット通販を開始したところ、徐々に注文が増え始め、メディアでも注目される存在になっていった。
それから13年。「食パン」(税込1350円)をはじめとするケーキやお菓子など、各種商品の待ち期間は今では17年以上に。毎日、深夜1時から工房に立つ泉己さんだが、体調によっては1週間ほど寝たきりになることもあるという。
「今お待ちいただいている方は2万人以上になりますが、『タイムカプセルのように、到着までの時間を楽しんでいる』と言ってくださるお客様もいます」(総子さん)
17年待ちとなれば、注文者の生活環境が大きく変わることもある。「なかには、『別れた妻が頼んだものだからいらない』と言われることもあります。また、事故で命を落とした娘さんが頼んでいたパンとケーキが届き、お母様が泣きながらお召し上がりになったというお便りをいただいたこともありました」(総子さん)と、思いもよらぬ出来事に直面することもあるが、日々、購入者から寄せられる感謝の声が夫妻の生きがいになっているという。