「リスク軽視・リワード重視」の中国社会
前者のケースでは、男性社長が自らの口座に資金が入金されたかどうか確認していれば、未然に損失を防ぐことができたはずだ。後者のケースでは、金額が少ないうえに、チャットをしながら、数秒で娘の微信支付に送金できる仕組み上、その場で防ぐのは難しいかもしれない。しかし、娘に対して、なぜお金が必要なのか、今どんな暮らしをしていて、いつ実家に帰ってくるのかなど、普段から当たり前のコミュニケーションをしっかりとるようにしていれば防げたはずだ。
中国社会は日本と比べ、リスクとリワードの関係が「リスク軽視・リワード重視」となっているように思う。微信支付による資金移動は非常に簡単で、限度額は申請すれば簡単に引き上げてもらえる。金利はつかないが、必要な時にその都度、紐づけされている銀行から資金を移動させればよい。利便性が重視されており、資金決済の自由度が高い分、個人情報が漏洩してしまった時のリスクも高い。
中国は良い面でも悪い面でもビジネスに貪欲で、ビジネスチャンスに対する嗅覚が鋭いように思う。将来の資金回収のビジョンをしっかりと描くことができればそれだけ技術開発に対する熱量も高まる。潜在的な市場価値の高い製品・サービスほどイノベーションが加速する。ただ、リスクを軽視したイノベーションの加速は個人に対して大きな自己責任が求められる。
中国でAIを使ったなりすまし詐欺事件が頻発しているのは偶然ではないだろう。日本人が中国社会の中でビジネスを行い、生活するとなると、それなりの覚悟が求められるのではないか。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。楽天証券で「招財進宝!巨大市場をつかめ!今月の中国株5選」を連載するほか、ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。