シンとは進、深、芯、親、心、身、紳
さらに年齢を重ねることで、目先のことに一喜一憂せず、蓄積した知恵を使うことにも長けてきます。日野原さんが提唱した「新老人」の概念を踏まえて、あらためて私が「シン・老人」を定義するなら、「何歳になっても意欲や好奇心をもち、元気に出歩いて消費もする、社会とつながりを保って暮らす老人」となります。
また、「シン」とは単に「新しい」という概念だけにとどまりません。「シン・老人」の「シン」には「進」「深」「芯」「親」「心」「身」「紳」など、高齢者が自分らしく、若々しく生きるために重要なさまざまな漢字をキーワードとしてあてがうことができそうです。
自立した生活をしている高齢者はもちろん、周囲の手助けを受けながらにこやかに暮らしている高齢者は、こうした要素がもたらす力を発揮したり、享受したりしながら人生の実りの時期を過ごしています。
これが私のイメージする「シン・老人」像であり、そうした高齢者が発揮したり、もっていたりする力こそが「シン・老人力」です。
「人生を楽しむためにお金を使おう」とする高齢者──「シン・老人」を、日本の社会はもっと大事にしなくてはいけません。高齢者自身も、「節約とがまんが美徳」などと思わず、食べたいものを食べ、やりたいことを好きなようにやりながら暮らしたほうがいいのです。
「進」「深」「芯」「親」「心」「身」「紳」などさまざまな漢字に変換できる「シン・老人」は、こうした力が人生経験によって、すでに備わっていると考えられます。「自分なんかとてもとても……」と謙遜する必要はありません。
自信をもって、自分の望むように日々を送り、人生を楽しんでください。それが自分自身の健康長寿につながるばかりでなく、日本経済や旧来型の社会の価値観を変革するパワーにもなるのです。
高齢者の活力を社会に活かすことが停滞する日本を救うという前提に立ち、政治や行政、企業、マスメディアの側も、意識を転換していくことが必要だと思います。
※和田秀樹・著『シン・老人力』より抜粋して再構成