キャリア

【座談会】発達障害と診断されて人生が変わった女性たち 「『もしかして』と気づくことから新たな人生が始まる」

嘉:わかります……。願わくは、発達障害の人の教育や対応を変えてほしい。でも、学校や会社は集団行動が基本だから、皆一緒じゃないとだめ。そうなると、私たちには居場所がありませんよね。皆ができることができないと「努力が足りない」と叱られる。脳の特性なのだから、努力してもできないのにね。

金:それで孤立して、自分を責め続けることになる。その結果、適応障害【※1】、統合失調症【※2】など、別の精神疾患を発症してしまう人も多くいるようです。私も子育てをしていて実感しましたが、発達障害の子は繊細で過敏です。うちの子は3才頃まで夜泣きが激しくて、私はほとんど眠れない毎日を過ごしていました。

【※1/適応障害…環境に適応できず、不安感や抑うつ気分、不登校、対人トラブルなど、さまざまな問題が表れ、社会生活に支障をきたす状態】
【※2/統合失調症…意欲の低下、幻覚、幻聴、妄想などが起こり、日常生活が送れなくなる精神疾患】

菊:当時の親からすると私も「育てにくい子」だったと思います。癇癪が激しく「宇津救命丸」(夜泣き向けの生薬)が手放せなかったそう。

嘉:みんなそうだったのね。生まれたときから「普通じゃない」。いまはこうして同じ境遇の人たちとの出会いもあり、笑って話せるけれど、診断されるまでが大変でした。

就職でより問題が浮き彫りになって…

嘉:私は短大卒業後、メーカーに就職しました。でも、最初に配属されたのは営業部。私は内勤だったのですが、ミスばかり。当時は受注が電話やFAXだったので聞き間違いをしたり、全体の状況を見ながら外勤の人のサポートをする、といった作業ができず、迷惑をかけました。マルチタスクができないんです。でも、当時の上司が経理部に異動させてくれたんです。私は経理が向いていて、20年近く勤務しました。

菊:私は学生時代にファミリーレストランでアルバイトをしていたのですが、接客は得意でも、注文を聞きながら端末の操作ができない。得意なことだけがんばれる環境だと仕事は続けやすいですよね。

金:私の時代、女性は仕事を長く続けるよりも早く結婚して子供を産むもの、と思わされていました。だから私も結婚し、27才で第1子、39才で第2子を出産。子育ては大変でしたが、皆もそんなものだろうと思っていたんですよね。それに、発達障害なんて言葉すらない時代でしたから、自分がそうだと気づくのが遅かったんです。

嘉:仕事にせよ、家事・育児にせよ思うのですが、女性は昔もいまもマルチタスクを求められてきました。だからこそ、“自分は普通のことができない”ということに気づきやすいかもしれませんね。いまは発達障害の研究も進んで、診断を受ければ適切な治療法・対処法を教えてもらえるし、行政のサポートも受けられる。もしかしてと思ったら、すぐに病院に行った方がいいですよね。

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