それでも列車から降りた三木谷は上機嫌だった。
「いい話し合いができたよ」
ゼレンスキー大統領は楽天モバイルが日本の携帯電話ネットワークで実用化に成功した「完全仮想化」技術に強い関心を示したという。
今回のキーウ訪問の1か月前、楽天はウクライナ最大の携帯電話会社キーウスターの親会社VEON(ビオン、本社はオランダ・アムステルダム)と5Gなどの分野で協業することで合意。ゼレンスキー大統領はその進捗状況を注視していた。
三木谷が最も楽しみにしていたのは、弱冠32歳のデジタル変革相、フェドロフとの再会だ。
ザポリージャ大学を卒業して間もなく、ITベンチャーを立ち上げたフェドロフは三木谷と同じ起業家だ。2019年の大統領選でゼレンスキー陣営のデジタル戦略の責任者を任され、スマホを使った巧みなキャンペーンで勝利に貢献。その功績を買われ28歳でデジタル変革相に抜擢された。
フェドロフは、楽天グループが手掛けるウクライナで最もポピュラーなSNSであるバイバーと、5Gモバイルの連携で「どんなサービスが可能になるだろう」と三木谷に尋ねた。三木谷はスマートフォン決済「楽天ペイ」を強力に推し進めることで「キャッシュレスではなくゼロキャッシュを目指している」と楽天の戦略を明かした。
フェドロフが三木谷に求めたもう一つのアドバイスは「英語化」の進め方だ。「ウクライナの若者たちが世界でビジネスをするためには、自分レベルの英語力ではダメだ。どうやったらみんながネイティブのレベルで話せるようになるだろう」
三木谷は楽天が2010年から取り組んできた「社内公用語英語化」の経験をもとに、いくつかのアドバイスを送った。三木谷がメリー号に乗り込む直前、フェドロフがX(旧ツイッター)にこんな投稿をした。
「キーウで三木谷さんに会った。勇敢な訪問に感謝する。通信、英語化、Diia(注・ウクライナのスマホアプリ)での協業を協議した。とにかく楽天から得られるサポートは絶大だ。一緒に社会を変えていきたい。次は東京で」
メリー号のシートに身を沈めた三木谷は、同志からのメッセージを何度も読み返していた。
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。ジャーナリスト。1988年早大法卒、日本経済新聞入社。日本経済新聞編集員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞出版社)、『流山がすごい』(新潮新書)など著書多数。『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。最新刊『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小社刊)が好評発売中!
※週刊ポスト2023年10月6・13日号