「こうしてみなさんが来てくれ、私は幸せでした」
このようにとんでもなくフレンドリーな常識人、かつサービス精神旺盛なおばちゃんのため、私も昼から飲める居酒屋的に通っていたのですが、毎度会計金額がよく分からない。飲んだビールの本数に加えてもろもろのツマミがその時の思い付きのような値付けをされます。漬物だけの日は300円ぐらいだと思いますが、寒ブリの煮つけなどがあると1000円だったりする。おにぎりが余っていたらそれを安く持たせてくれます。注文したものはすべてメモをしており、領収書はキッチリと出してくれます。
さらにはツユの「2番だし」を時々くれたりもしますし、こんな場所がなくなるのは寂しくもあります。私は最終週に7人で行ったのですが、それぞれが何回かに分けて帰るたびに、皆でおばちゃんに拍手を繰り返しました。
「こうして皆さんが来てくれ、そして来てくれた方が別の方を連れて来てくれて私は幸せでした」
そう言うおばちゃんは、無事にお店の巨大冷蔵庫を売ることもでき、3月中に大家に店を明け渡します。備品は色々残っているので、私は大きな雪平鍋を買わせてもらう約束を取り付けました。いくらの値段がつくのかは分かりませんが、人々に愛され、惜しまれて80歳で引退するおばちゃんの人生は幸せだな、としみじみと思うのです。
元々事務員をやっていたおばちゃんはうどん店の経営から身を引き、「これからはのんびりする」とは言ったものの、「お茶碗洗いを1日3時間するのもいいね」と皿洗いバイトも考えているようです。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など多数。最新刊は『日本をダサくした「空気」』(徳間書店)。