お金の心配をせずに、安心して質の高い「介護」を受けられる──そんな“当たり前”が壊れ始めている。介護する側のスタッフの人手が足りず、現場から悲鳴があがっているのだ。要介護の人たちやその家族が受ける影響は、相当深刻なものとなりそうだ。リアルな介護の現場をレポートする。【前後編の前編。後編を読む】
利用者158万人に危機
「とにかく現場に行くヘルパーの人数が足りていません。今年に入ってからうちの事業所では、サービスの提供を常時50件くらいお待たせしている状態です。その間にほかの事業所に決まる方もいらっしゃいますが、平均でも数か月、最悪の場合は年単位でお待たせすることもあります。利用者の方々へは、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
そう嘆息するのは、東京都三鷹市で訪問介護の事業所を運営する「NPO法人グレースケア機構」代表の柳本文貴氏だ。
介護業界は長年、低賃金などを理由に人材確保が難しいとされてきた。厚生労働省の試算によると、団塊世代全体が後期高齢者となる2025年には32万人の介護人材が不足するとされている。そうしたなか、とりわけ深刻な危機に瀕しているのが、近年需要が高まる「訪問介護」の分野だ。
利用者宅の掃除・調理などの「生活援助」やオムツ替え・入浴介助などの「身体介護」といったサービスを提供する。特別養護老人ホーム(特養)の入所待ちが25万人以上にのぼることなどもあり、“施設から在宅へ”の流れが加速するなかで、利用者が増加しているのだ。厚労省の「介護給付費実態統計」によれば、2022年度の訪問介護サービスの利用者は約158万人。この5年間で約11万人も増えた。
「訪問介護は、利用者の日常生活での不自由を解消するだけでなく、家族の介護負担を軽減させる重要な役割があります。介護保険は基本的に1割負担なので、上手く使えば無理のない家計のやりくりをしながら、自宅で暮らし続けることができます。訪問医療と併せて訪問介護をしっかりと利用すれば、ひとり暮らしでも最期まで自宅で過ごすことが可能になってきました」(介護アドバイザーの横井孝治氏)
半面、訪問介護を担う事業所では人手不足が常態化。“介護ヘルパーの高齢化”も急速に進んでいる。介護労働安定センターの「介護労働実態調査」によると、2022年度の介護労働者の平均年齢は50歳で、なかでも「訪問介護員」は54.7歳と高い。