鉄輪式鉄道の世界最速記録を樹立した車両
まず、結論から言います。先ほどのある鉄道車両は、2007年4月に鉄輪式鉄道の世界最速記録(574.8km/h)を樹立したTGV(テジェヴェ、フランスの高速列車)の特別編成の車両です。
この特別編成が試験走行をする様子や、鉄輪式鉄道の世界最速記録を樹立する瞬間は、フランス国内のテレビで生中継されました。線路の沿線に置かれたカメラだけではなく、特別編成を追跡する小型ジェット機に載せたカメラで撮影され、その姿が実況中継されたのです。
このあと、特別編成のうちの2両が船に載せられ、セーヌ川をパレードしました。これほどの特別な扱いを受けた鉄道車両は、かなりめずらしいでしょう。
このことから、フランス国民にとって、この特別編成がいかに誇らしいものだったかをうかがい知ることができます。
各国がプライドにかけてスピード競争してきた歴史
鉄道の歴史は、スピードの歴史でもあります。なぜならば、鉄道の世界最速記録を塗り替えることが、その国の技術力をわかりやすく示す指標になるからです。
このため、鉄道を持つ国々は、自国のプライドにかけて互いにスピードを競い合ってきました。
世界で最初に200km/hを突破したのは、ドイツでした。ドイツでは、1903年10月に電車が203km/h(同月に210.1km/h)を記録しました。
その後、ドイツは国の威信をかけて鉄道の高速化に積極的に取り組みましたが、第二次世界大戦で敗戦したのを機に、同国の鉄道技術は衰退しました。
世界で最初に300km/hを突破したのは、フランスでした。フランスでは、1955年3月に電気機関車がけん引する客車列車が320.6km/h(同月に331km/h)を記録しました。
このことでフランスは、鉄道技術において世界最先端の国になりました。また、フランス国鉄は、他国から多くの留学生を受け入れ、鉄道技術を伝える役割を果たしました。
フランスがショックを受けた新幹線の誕生
ただ、フランスでは、最高速度が200km/hを超える営業鉄道をすぐに実現できませんでした。第二次世界大戦後のヨーロッパでは、自動車や航空機の発達によって鉄道は衰退するという悲観論が語られるようになり、政治家が鉄道への投資を渋ったからです。
いっぽう日本では、1964年10月に東海道新幹線が開業しました。当時東海道新幹線は、最高速度が210km/hで、世界最速の営業鉄道でした。
これは、フランスの鉄道技術者にとって、プライドが傷つく出来事だったようです。先ほど紹介した留学生のなかに日本の鉄道技術者がいただけでなく、日本の鉄道はほぼノーマークだったからです。
この詳細は、山之内秀一郎氏の著書『新幹線がなかったら』にくわしく記されています。山之内氏は、JR東日本の顧問を務めた人物です。同書には、パリに本部がある国際鉄道連合(UIC)に出向したときに、フランスの鉄道関係者が日本の新幹線をどう見ていたかが記されています。